「経過措置」について
こんにちは。大野事務所の深田です。
人事制度など労働条件を変更しようとする際、制度変更を円滑に進めるために「経過措置」を設けることで、当該変更に伴うマイナスインパクトを緩和させたり既得権を一定範囲で保障したりするのは珍しいことではありません。制度改定が労働条件の不利益変更を伴う場合には、従業員の方々に制度改定のご理解を得る上で経過措置は有力な選択肢になるといえます。
経過措置は一企業における制度改定時のみならず、法律の改正時にも使われる手法です。例えば、「特別支給の老齢厚生年金」などはその最たるものではないでしょうか。これは、1985年(昭和60年)の法律改正によって老齢厚生年金の受給開始年齢が60歳から65歳に引き上げられたことに伴い、激変緩和のために設けられた経過措置です。受給開始年齢をいきなり65歳に引き上げるのではなく段階的に引き上げるものであり(法律上の受給開始年齢である65歳より前に支給されるという意味で「特別支給」)、男性の場合には2024年度をもって経過措置が完全に終了したところでして、実に40年近くにわたって続いてきたことになります。経過措置は、一定の既得権や期待権を守るために設定されるものといえますが、法改正におけるものの場合には経過措置があるがために制度の複雑化を招くことにもなり得ます(経過措置が多いために、年金制度の中でも特に老齢年金は理解するのが難しいとも言われています)。
年金制度における経過措置は、基本的にマイナス方向での制度改正に伴って設けられているものですが、法改正において経過措置が設けられるのは何もマイナス方向での改正時に限られるものではありません。直近の法改正でその一例を挙げるとすると、今月からスタートした雇用保険の出生後休業支援給付金と育児時短就業給付金に関するものがあります。
出生後休業支援給付金は、出生時育児休業給付金または育児休業給付金の支給を前提とするもので、所定の対象期間に被保険者とその配偶者がともに通算14日以上の育児休業(出生後休業)を取得した場合に、休業開始時賃金の13%相当額が出生時育児休業給付金または育児休業給付金に上乗せされる形で最大28日間支給されます。
この給付金は、法施行日(2025年4月1日)以後に出生後休業を開始する場合に適用されますが、法施行日前から引き続き出生時育児休業給付金または育児休業給付金が支給される育児休業をしている被保険者については、法施行日から出生後休業が開始されたものとして取り扱う(その結果として給付金の支給対象となり得る)というのが経過措置の一つです。また、支給要件の一つとなる配偶者の出生後休業について、法施行日前の期間に行われたものでも良いとする経過措置が設けられています[図表]。
[図表] 資料出所:「雇用保険に関する業務取扱要領(出生後休業支援給付)」
育児時短就業給付金は、2歳に満たない子を養育するために所定労働時間を短縮して就業する場合で、賃金が低下するなど一定の要件を満たしたときに、原則として育児時短就業中に支払われた賃金額の10%相当額が支給されるものです。同給付金も出生後休業支援給付金と同様、法施行日以後に育児時短就業を開始する場合に適用されますが、法施行日前から引き続き育児時短就業をしている被保険者については、法施行日から育児時短就業が開始されたものとして取り扱う(その結果として給付金の支給対象となり得る)経過措置が設けられています。
以上のとおり、実務担当者としては何かと苦慮するところではあると思いますが、法改正対応として経過措置の内容を確実に押さえておくことは欠かせないといえます。
執筆者:深田

深田 俊彦 特定社会保険労務士
労務相談室長 管理事業部長/パートナー社員
社会人1年目のときの上司が元労働基準監督官だったことが、労働分野へ関心を寄せるきっかけとなりました。
日頃からスピード感を持って分かりやすくまとめ、分かりやすく伝えることを心掛けています。また、母の「人間は物事が調子良く進んでいるときに感謝の気持ちを忘れがちである」という言葉を、日常生活でも仕事の上でも大切にしています。
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