TOP大野事務所コラム「通勤遂行性」と「通勤起因性」について

「通勤遂行性」と「通勤起因性」について

こんにちは。大野事務所の岩澤です。

 

通勤災害と認められるのは災害発生時において労災保険法に規定される「通勤」を行っていたという「通勤遂行性」が必要で、このことに焦点を絞ってこれまで5回にわたって説明してまいりました。通勤災害の要件にはもう一つ、「災害が通勤に伴う危険の具体化したものと経験則上認められること」が必要であると解されています。少々難しい表現ですが、つまり、災害と通勤との間に相当因果関係が認められるものでなければならないということです。これを「通勤起因性」と呼んだりします。ある災害が通勤と因果関係があると認められるためには、「通勤がなければ災害を被らなかった」という条件とさらに「通勤が災害の有力な原因」であるという2つの条件が必要であると解されています。

 

具体的には、通勤途上において以下のような場合に通勤起因性があると判断されます。

  • ・自動車にひかれた場合

  • ・電車が急停車したため転倒して負傷した場合
  • ・駅の階段から転落した場合
  • ・歩行中にビルの建設現場から落下してきた物体により負傷した場合
  • ・転倒したタンクローリーから流れ出す有害物質により急性中毒にかかった場合
  • ・通勤による負傷に起因する疾病にかかった場合

 

反対に以下のケースは通勤起因性が認められません。

  • ・自殺の場合

  • ・故意によって生じた災害

  • ・通勤途中で怨恨をもってけんかをしかけて負傷した場合

これらは通勤をしていることが原因となって災害が発生したものではないので認められないとされています。

 

今回ご紹介する裁決例はまさにこの通勤起因性が争点となっています。

 

平成28年労第147号

 

 ≪事案の概要≫

請求人は、A所在のB会社(以下「会社」という。)に雇用され、食品加工の業務に従事していた。請求人は、平成○年○月○日午前○時○分ころ、会社に出勤するため、会社入口付近を同僚と歩行していたところ、同僚に肩を押されたことから転倒し負傷した(以下「本件災害」という。)。請求人は、同月、C病院に受診し、「左大腿骨頸部骨折」(以下「本件傷病」という。)と診断された。請求人は、本件傷病は通勤によるものであるとして、労働基準監督署長(以下 「監督署長」という。)に療養給付及び休業給付を請求したところ、監督署長は、 請求人の本件傷病は通勤によるものとは認められないとして、これらを支給しない旨の処分をした。請求人は、これら処分を不服として、労働者災害補償保険審査官(以下「審査官」という。)に審査請求をしたが、審査官は、平成○年○月○日付けでこれらを 棄却したので、請求人は、更にこの決定を不服として、本件再審査請求に及んだ。

 

◆争点◆

本件の争点は、本件傷病が通勤によるものと認められるかどうかですが、ポイントは、通勤遂行性と通勤起因性が認められるか否かです。これらについて、審査会は考察していきます。

 

◆事案の整理◆

本件災害発生時は請求人と同僚以外に現認者はいなかったので、審査会は請求人と同僚の証言から考察しています。

 

 【災害発生に至る経緯】

 

1.請求人の証言

  • ・同僚が自分の体を押し、このことは全く予想外だったのでバランスを崩し、左側に尻もちをつくように倒れた

  • ・両手に荷物を持っていたため、バランスが取れなかった

 

2.同僚の証言

  • ・左手で請求人の右肩付近を軽くたたくように押した
  • ・話に相槌を打つような感じで、肘を伸ばして軽く押した

 

3.証言の共通点

  • ・双方の申述に若干の相違は認められるものの、少なくとも同僚が請求人を何らかの形で押したことにより請求人が倒れるに至った偶発的な事故であったという点

 

 

 【事故現場の状況】

 

1.請求人の証言

  • ・狭い歩道で、請求人が前、同僚が後ろを歩いていた

 

2.同僚の証言

  • ・歩道から作業場の入り口に向かって少し下り坂になっていた

・出入り口にはコンクリートと鉄のふたがあった

・請求人が倒れた場所が堅いコンクリートや鉄のふた付近だったため、大きな怪我になった

 

3.証言の共通点

  • ・災害発生現場は狭い道で、コンクリートや鉄のふたがあり、進行方向に傾斜しているため、転倒すると大きな災害に至りやすい状況であった点で一致

 

このように、双方の証言には若干の相違があるものの、事故の原因や現場の状況については共通の認識があることがわかります。

 

◆審査会の考察◆

審査会は以上の内容を材料に以下のように考察し、結論を導き出しました。

 

【通勤遂行性について】

請求人が被災した場所は、請求人が会社に出勤するために、自宅を自家用車で出発し、会社駐車場に駐車した後に、徒歩で会社に向かっていた道路上なので、労災保険法に定める通勤途上と認めることができ、本件災害には通勤遂行性があるものと判断する。

 

【通勤起因性について】

 

1.事故の状況

  • ・請求人は通勤途中に同僚から肩をたたかれて転倒したが、この行為は、職場の同僚同士が会話をする際に相槌の代わりに
  •  肩をたたくという、社会通念上一般的に見られる行為である

    ・請求人は両手に荷物を持っていたため、バランスを崩しやすい状況にあり、また事故現場は幅が狭く傾斜があり、足元が

  •  不安定な側溝の蓋上であったため、転倒しやすい状況であり、通勤に通常伴う危険が具現化したものと認められる

 

2.請求人と同僚の関係

・請求人と同僚は同じ作業をする仲間であり、良好な関係を築いていた

・同僚は請求人に危害を加える意図はなく、請求人も同僚に対して怨恨もなかった

・請求人の言動においても、自ら被災を引き起こすようなものはなかった

 

◆結論◆

以上のことをみていくと、「本件災害には、通勤遂行性及び通勤起因性が認められることから、本件傷病は、通勤によるものと判断することが相当である。したがって、監督署長が請求人に対してした療養給付及び休業給付を支給しない旨の処分は失当であり、取消しを免れない。」として、審査会は請求人の主張を認めました。

 

◆最後に◆

今回の事例では、従業員同士の関係が良好であったことも労災認定の要素として影響しました。しかし、従業員同士のトラブルが原因で負傷した場合、例えば、職場での喧嘩や怨恨による暴力が原因で負傷した場合は、労災保険の適用が難しくなることがあります。

次回のコラムでは、第三者とのトラブルが原因で負傷したケースについて、具体的な裁決例を紹介し、労災認定のポイントを詳しく解説したいと考えています。第三者とのトラブルが労災認定にどのように影響するか、コラムを通して明らかにしていければ幸いです。

 

執筆者 岩澤

岩澤 健

岩澤 健 特定社会保険労務士

第1事業部 グループリーダー

社労士とは全く関係のない職を転々としておりましたが、最後に務めた会社が大野事務所の顧問先というご縁で入所することになりました。それからは、何もわからないまま全力で目の前の仕事に励んできました。
入所してから十数年、現在では「無理せず、楽しく、元気よく」をモットーに日々の業務と向き合っています。

数年前から、子供と一緒に始めた空手にドはまりしており、50歳までに黒帯になるという野望があります。
押忍!!

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