日本法の遵守=「ビジネスと人権」に対応?―「人と人との関係性」から人事労務を考える㊴
発注者である外国企業の日本法人からA社に対して労務管理についての調査書が届き、それに回答し提出したところ、以下のような返答がありました。
貴社では、1ヵ月の残業時間の集計において、30分未満を切り捨て、30分以上を1時間に切り上げる処理を行っていますが、このような対応は国際的な基準に則していないため、改善を検討してください。 |
こんにちは。
大野事務所の今泉です。
さて、上記は1ヵ月の残業時間の合計に1時間未満の端数が生じた場合の処理として、労基法上の通達に掲げられているものであり、A社の対応は法令に抵触するものではありません。
しかしながら、これはあくまで日本法の範囲内のお話であり、グローバルの視点で見ると、少々違和感のある処理方法なのかもしれません。ただ、一応誤解のないようにお伝えしておくと、労基「法」自体に端数処理の定めはありません。あくまで通達上の取扱いです。
いずれにせよ、日本では問題ない取扱いでも一歩外へ出れば問題とされる場合があることには留意しなければなりません。特に「ビジネスと人権」の分野ではサプライチェーン全体での取組が求められるだけにこのようなことが顕著であり、人権に関する国際基準あるいはルール等を把握しておく必要があります。
【引用:法務省サイト『今企業に求められる「ビジネスと人権」への対応』】
上表は、法務省人権擁護局が取りまとめた『「ビジネスと人権に関する調査研究」報告書』を分かりやすく、かつ見やすくしたパンフレットからの引用です。
国際的な基準というのはずいぶん沢山ありますが、同報告書(同パンフレット)ではこれらの国際基準やルール等から抽出された人権に関するリスクを網羅的に扱っており、また分かりやすく解説していますので、ことあるごとに参考にしています。
「国際基準」と聞くと敷居が高いとか戸惑ってしまうという印象を持たれる方も多くいらっしゃるかもしれません。かくいう私もそうでしたが、一歩引いて考えれば、我々の生活の中でも食品や衣料品あるいは様々な原料など、ありとあらゆる物が世界中から仕入れられています。
そういった物の生産過程、あるいは流通過程において人権が侵害されている状況があったとすれば率直に悲しいですし、国内のことにだけ目を向けていれば良いというものではないことは、感覚的に理解できるのではないでしょうか。
ここで、もう一つだけ資料的なものを紹介しておくと、厚生労働省がILO駐日事務所とともに作成した「労働におけるビジネスと人権 チェックブック」も非常に分かりやすいです。国際基準を踏まえたチェック項目が掲載されていて理解が深まります。
特に冒頭にある「読者へのメッセージ」は、何のために「ビジネスと人権」に取り組まなければならないのか、改めて気付かせてくれるものです。
以上、「ビジネスと人権」に取り組むにあたっては、国内法の遵守はもちろんではありますが、国内法だけでなく国際基準も視野に入れておく必要があるということになります。
今回は資料のご紹介に終始した印象もありますが、このように充実した内容の資料が行政から出されていることも「ビジネスと人権」への取組が企業に強く求められている証左といえる気がします。
最後までお読みいただきありがとうございました。

今泉 叔徳 特定社会保険労務士
パートナー社員
群馬県桐生市出身。東京都立大学法学部法律学科卒業。
人事労務関係の課題解決の糸口としてコミュニケーションや対話の充実があるのではないかと考え、これにまつわるテーマでコラムを書いてみようと思い立ちました。日頃の業務とはちょっと異なる分野の内容ですので、ぎこちない表現となってしまっていたりすることはご了承ください。
休日には地元の少年サッカーチームでコーチ(ボランティア)をやっていて、こども達との「コミュニケーション」を通じて、リフレッシュを図っています。
過去のニュース
ニュースリリース
- 2024.12.02 ニュース
- 【急募!正規職員・契約職員・パート職員】リクルート情報
- 2025.03.18 ニュース
- 2025春季大野事務所定例セミナーを開催いたしました
- 2025.03.19 大野事務所コラム
- 日本法の遵守=「ビジネスと人権」に対応?―「人と人との関係性」から人事労務を考える㊴
- 2025.03.10 ニュース
- 『労政時報』に寄稿しました【令和7年度施行 労働関係・社会保険改正のチェックポイント(上・労働関係編)】
- 2025.03.10 ニュース
- 『workforce Biz』に寄稿しました【フレックスタイム制の導入のポイントと運用上の留意点(前編)】
- 2025.03.12 大野事務所コラム
- 私傷病休職をどのように規定すべきか
- 2025.03.05 大野事務所コラム
- 育児休業中に出向(出向解除)となった場合の育児休業給付金の取り扱い
- 2025.02.26 大野事務所コラム
- 降給に関する規定整備を考える
- 2025.02.19 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【フリーランス新法の概要(前編)】
- 2025.02.12 大野事務所コラム
- 新入社員歓迎会の帰宅途中の災害
- 2025.02.21 これまでの情報配信メール
- 出生後休業支援給付金の創設について
- 2025.02.06 これまでの情報配信メール
- 東京都のカスタマー・ハラスメント防止条例について・令和7年4月1日以降の高年齢雇用継続給付の支給率変更について
- 2025.02.05 大野事務所コラム
- 労働基準関係法制研究会の報告書が公表されました
- 2025.01.29 大野事務所コラム
- 「ビジネスと人権」とは周りに思いを馳せること―「人と人との関係性」から人事労務を考える㊳
- 2025.01.24 これまでの情報配信メール
- 令和7年度の任意継続被保険者の標準報酬月額の上限について・SNS等を通じて直接労働者を募集する際の注意点
- 2025.01.22 大野事務所コラム
- マイナポータル上での離職票交付サービス開始について
- 2025.01.16 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【介護と両立できる働き方とは】
- 2025.01.16 これまでの情報配信メール
- マイナポータルにおける離職票直接送付サービス開始について
- 2025.01.15 大野事務所コラム
- 雇用保険法の改正
- 2025.01.14 ニュース
- 『workforce Biz』に寄稿しました【労働基準監督署における定期監督等の実施結果について】
- 2025.01.08 大野事務所コラム
- 企業による奨学金返還支援制度を考える
- 2024.12.25 大野事務所コラム
- 来年はもっと
- 2024.12.20 ニュース
- 書籍を刊行しました
- 2024.12.20 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【労働条件の不利益変更】
- 2024.12.20 ニュース
- 年末年始休業のお知らせ
- 2024.12.18 大野事務所コラム
- 【通勤災害】通勤経路上にないガソリンスタンドに向かう際の被災
- 2024.12.11 大野事務所コラム
- 【賃金のデジタル払いの今と今後の広がりは?】
- 2024.12.09 ニュース
- 『workforce Biz』に寄稿しました【年次有給休暇の付与や取得等に関する基本的なルールと留意点(後編)】
- 2024.12.04 大野事務所コラム
- X.Y.Z―「人と人との関係性」から人事労務を考える㊲
- 2025.01.08 これまでの情報配信メール
- 令和6年度年末年始無災害運動・高年齢労働者の安全衛生対策について
- 2024.11.30 これまでの情報配信メール
- 令和6年12月2日以降は健康保険証が発行されなくなります・養育期間標準報酬月額特例申出書の添付書類の省略について
- 2024.11.27 大野事務所コラム
- 産前産後休業期間中の保険料免除制度は実に厄介
- 2024.11.20 大野事務所コラム
- 介護についての法改正動向
- 2024.11.14 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【未払い賃金請求権と時効期間】
- 2024.11.22 これまでの情報配信メール
- データでみる70歳以上の定年・継続雇用制度の導入効果と工夫、大野事務所モデル規程・協定一部改定のお知らせ
- 2024.11.12 これまでの情報配信メール
- 過重労働解消キャンペーン、2024年12月からの企業型DCおよびiDeCoの変更点について
- 2024.11.13 大野事務所コラム
- PRIDE指標をご存知ですか
- 2024.11.05 ニュース
- 『workforce Biz』に寄稿しました【年次有給休暇の付与や取得等に関する基本的なルールと留意点(中編)】
- 2024.10.31 これまでの情報配信メール
- 賃金のデジタル払い、令和7年3月31日高年齢者雇用確保措置における経過措置期間の終了について
- 2024.10.30 大野事務所コラム
- 通勤災害における通勤とは③
- 2024.10.23 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【職場や外出先への移動時間は労働時間に該当するか】