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産前産後休業期間中の保険料免除制度は実に厄介

こんにちは。大野事務所の高田です。

 

今回は、産前産後休業期間中の保険料免除制度は実に厄介だという話です。
この制度は、先行して施行されていた育児休業期間中の保険料免除制度に追従する形で、平成26年(2014年)4月から始まりました。この点、産前産後休業も育児休業も似たようなものなのでは?と思われるかもしれませんが、実際、幾つかの理由によって、産前産後休業の保険料免除制度の方が実に厄介なのです。今回はその辺りを中心にお伝えしたいと思います。

 

1.産前産後休業期間中の保険料免除制度とは

 

産前産後休業期間中の保険料免除制度とは、産前産後休業をしている被保険者からの申し出により、当休業の「開始日の属する月」から「終了日の翌日が属する月の前月」までの間、社会保険料(健康保険料、介護保険料、厚生年金保険料)が免除される制度です。

 

この点は育児休業期間中の保険料免除制度においても同様ですが、免除期間の終了側が「終了日の翌日が属する月の前月」という、1回読んだだけでは頭が混乱しそうな表現になっています。もし、シンプルに「終了日が属する月」までを免除すると謳った場合は、月途中(毎月1日以外の日)で休業から復帰した場合は、復帰した月も免除の対象になってしまいます。また、月途中に短期間(極端な例を挙げれば1日)の休業を取得した場合も、その月が免除の対象になってしまいます。勿論、被保険者や会社の立場からは、免除期間が1ヶ月分増えて困ることはないのですが、行政目線からは、そうはさせませんよということなのです。

 

以上のとおり、免除期間の終了側が「終了日の翌日が属する月の前月」までとなっていることによって、月途中のたとえば1日のみの休業では免除対象にならないわけですが、唯一、月末の日のみの休業は、この定めをもってしても免除対象から除外されません(※)。このことが、この制度のいびつな問題を生み出す要因にもなっています。

 

(※)たとえば、11月30日の1日のみの休業の場合、「開始日の属する月⇒11月」から「終了日の翌日が属する月の前月⇒11月」までが免除期間になるため、「11月」分が免除になります。

 

2.必ずしも産前産後休業である必要はない

 

この点も、育児休業の制度との大きな違いです。
産前産後休業期間中の保険料免除は、必ずしも産前産後休業を取得している期間に限られません。この点、日本年金機構のホームページの当制度の説明には、以下のように記載されています。

 


(1)産前産後休業期間※中の健康保険・厚生年金保険の保険料は、被保険者・事業主両方の負担が免除されます。
※出産の日(出産の日が出産の予定日後であるときは、出産予定日)以前42日(多胎妊娠の場合は98日)から出産の日後56日までの間で、妊娠または出産を理由として労務に従事しなかった期間
(2)申出書の提出にあたり、産前産後休業期間中における給与が有給・無給であるかは問いません


 

以上のとおり、法定の産前産後休業の範囲内の期間であって、「妊娠または出産を理由として労務に従事しなかった期間」であればよいことになっています。必ずしも産前産後休業として会社に申し出て取得したことが免除要件になっておらず、とにかく妊娠・出産のために労務に従事していなければよいわけですので、年次有給休暇のような休暇でもよいですし、実は休日でもよいということになります。

 

3.免除期間が繰り上がる場合がある

 

この点が、育児休業の制度とのもっとも大きな違いです。
育児休業の保険料免除期間は、休業を開始した後になって休業開始日が繰り上がることはありません。育児休業は本人があらかじめ申し出た上で取得を開始しますので、「11月1日から取得する」といえば、必ず11月1日から取得を開始します。後になって、実は10月から休業を開始していたということは基本的にありません。

 

ところが、産前産後休業期間は、予定日よりも出産日が早まることによって繰り上がることがあります。出産日が早まった場合は、予定日ではなく出産日以前42日(多胎妊娠の場合は98日)が産前休業の期間になるからです。もっとも、産前休業自体は予定日の42日前以降の日から取得しているはずですので、結果的に産前休業の期間が前倒しに広がったからといって、既に勤務した日までも休業に変更することはできません。ですが、たまたまその期間中に年次有給休暇等の休暇を取得していた場合などでは、それを後から「妊娠・出産のために労務に従事しなかった期間」にできてしまうということなのです。

 

4.月をまたいで繰り上がる場合がある

 

具体例でお示しします。

 

【例】 出産予定日:11月15日 ⇒ 出産日:11月8日 に7日間繰り上がった場合

 

この場合、当初の産前産後休業期間が10月5日~1月10日であったのに対して、変更後の産前産後休業期間は9月28日~1月3日となります。

 

産前休業を10月5日から実際に取得した場合、産前休業期間が9月28日まで前に広がったとしても、10月4日以前は現に勤務していたのであれば、現に勤務した期間を休業に変更することはできません。ところが、前述のとおり、保険料免除制度では月末の1日のみの休業の場合でも免除対象になりますので、すなわち、9月30日がたまたま休暇・休日等に当たり「労務に従事しなかった日」である場合には、9月も免除対象になるということです。

 

まさか本人が、予定日よりも出産が早まることを予測していたわけではないでしょうから、産前休業を開始するよりも前の9月30日が勤務日であったのか休日・休暇であったのかというのは、たまたまの結果でしかありません。ですが、この制度のことを熟知している労働者であれば、もし出産が早まると産前休業期間の開始日が前の月に繰り上がる可能性がある場合には、前の月の月末日は、その日がたまたま休日であれば普通にお休みすればよいわけですが、労働日である場合には念のため休暇を取得しておこうとか、そのようなことを考えさせてしまう制度であるという意味で、厄介な制度であると冒頭で申し上げた次第です。

 

また、保険料の免除開始月が1ヶ月繰り上がることになった場合、新たに免除対象となった月の保険料は翌月の給与で既に徴収済であることが殆どですので(※)、既に徴収してしまった保険料を本人に返還しなければならないという点でも、給与担当者にとっては実に厄介な制度だといえます。なお、新たに免除対象となった月に賞与を支払っていた場合には、賞与保険料の返還も必要です。

 

(※)上記の例でも、9月分保険料が免除対象になることは出産日である11月8日に初めて発覚しています。9月分保険料はその翌月の10月給与にて既に徴収済であると思われますので、11月以降の給与で返金精算が必要になります。

 

5.免除期間が妊娠1日目まで遡ることがある

 

これは私の顧問先様で実際に起きた話です。
健康保険法上の出産とは妊娠4ヶ月(85日)以上を経過したものをいいますが、これには生産(早産)のみならず、死産、流産も含まれます。当該者様(女性)は、妊娠85日を少々過ぎた時期に不幸にも流産してしまいました。この場合、その日以前が産前休業の期間に当たるわけですが、流産したのが双子であったため、最大98日遡ることとなった結果、妊娠1日目から産前休業として免除を受けられることになりました。期間としては対象になったとしても、実際に勤務していた場合には免除対象にならないわけですが、その方は不妊治療休職を取得中で労務に従事していませんでしたので、妊娠期間中のすべてが免除期間になったという事例です。

 

なお、妊娠4ヶ月(85日)以上での死産、流産の場合、産後休業(出産日翌日から56日)の取得は法律上強制である点にもご留意ください。

執筆者:高田

高田 弘人

高田 弘人 特定社会保険労務士

パートナー社員

岐阜県出身。一橋大学経済学部卒業。
大野事務所に入所するまでの約10年間、民間企業の人事労務部門に勤務していました。そのときの経験を基に、企業の人事労務担当者の目線で物事を考えることを大切にしています。クライアントが何を望み、何をお求めになっているのかを常に考え、ご満足いただけるサービスをご提供できる社労士でありたいと思っています。

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