TOP大野事務所コラム在籍出向者を受け入れる際の労働条件の明示は出向元・出向先のいずれが行うのか?

在籍出向者を受け入れる際の労働条件の明示は出向元・出向先のいずれが行うのか?

こんにちは、大野事務所の土岐です。

 

今回は在籍出向者を受け入れる際の労働条件の明示について採り上げたいと思います。

 

在籍出向とは

 

在籍出向とは、出向元企業と出向先企業との間の出向契約によって、労働者が出向元と出向先の両方と雇用契約を締結し、出向先企業において一定期間継続して勤務することをいいます。この時の労働条件等については出向契約書等において定められることになりますところ、出向先のみに労務提供することになることから、出向元においては出向休職として取り扱うことが一般的と言えます。

 

【出典】厚生労働省 在籍型出向「基本がわかる」ハンドブック(第2版)

 

在籍出向者を受け入れる際の労働条件の明示は出向元・出向先のいずれが行うのか?

 

さて、先日顧問先様との出向に関するお打ち合わせの中で、「労働契約の締結に際しては労基法第15条により使用者は労働条件の明示をする必要があるところ、当社は出向先の立場になりますが、出向者の受け入れに際して労働条件の明示をする必要があるのでしょうか」というご質問を頂きました。

 

この時は「出向元と出向者の間では勿論のこと、出向先と出向者の間でも雇用契約が存在することから、出向先も使用者に該当するといえますので、労基法の厳格な解釈では、出向先に労働条件の明示義務が生じると考えます。ただ、通達(昭和6166日、基発333号)によれば次の通りとされているところ、労働条件の明示についてまでは明確に示されていないのですが、一般的に出向に際しては出向元において出向先の労働条件が事前に提示されることから、実質的に労働条件の明示が済まされることになるので、あらためて出向先において労働条件の明示をしている例は現実には少ないのではないかと考えます」という見解をお伝えしました。

 


<通達(昭和6166日)基発333号より抜粋、下線部分は筆者加筆>

在籍型出向の出向労働者については、出向元及び出向先の双方とそれぞれ労働契約関係があるので、出向元及び出向先に対しては、それぞれ労働契約関係が存する限度で労働基準法等の適用がある。

すなわち、出向元、出向先及び出向労働者三者間の取決めによって定められた権限と責任に応じて出向元の使用者又は出向先の使用者が出向労働者について労働基準法等における使用者としての責任を負うものである。


 

その打合せを終えた後に厚生労働省の「在籍型出向「基本がわかる」ハンドブック(第2版)(以下、パンフレット)」を確認しておりましたところ、「…労働条件は、具体的に以下の項目について明確にする必要があります。これらの労働条件は、出向に際して出向先企業が労働者に明示することになりますが、出向元企業が出向先企業に代わって明示しても問題ありません。」との記載があり、「問題ありません」と断定的に書かれているのが気になりまして、どこかに明確な根拠があるのだろうかと思い、調べてみました。

 

ただ、出向に関する通達について筆者が確認した限りでは、拠り所となりそうなものは前掲通達のみでした。

 

そこで労働法に関する書籍をあたってみますと、「令和3年版労働基準法上巻、労働法コンメンタールNo.3(厚生労働省労働基準局編)」237ページでは、「…(略)…出向に際して出向先は当該事業場における労働条件を明示することが必要である(なお、この労働条件の明示は、出向元が出向先のために代わって行うことも差し支えないものと考えられる)。」とあり、出向元による労働条件の明示については、「差し支えないものと考えられる」と述べるに留まっています。

 

また、「詳解 労働法(水町勇一郎著)」511ページでは、「出向期間中の労働関係法規の適用については、…(略)…出向労働関係の具体的な実態に応じ、各法規の趣旨に沿って、出向元と出向先のいずれが法令上の責任を負うかが決定されることになる。その判断ポイントは、法令上規制されている事項について実質的な決定権限をもっているのかが出向元か出向先か(または両方か)にある」と述べており、こちらは参考になりそうです。

 

なお、いくつかの労働基準監督署へ電話確認をしましたところ見解はいずれも同様で、概ね次の通りでした。

 

「労基法の厳格な考え方に沿えば、出向元と出向先の双方で雇用契約が存在することから、本来は出向先において労働条件を明示すべきということになる。しかしながら、在籍出向の場合については前掲通達①、②の通りとされているところ、この点についてはその他の通達等による具体的な根拠となるものはないが、実務上出向元において行われるものであると考えられる。この点、労基署が調査を実施する際にも、(電話口の方が過去に担当されたケースに限りますとのことですが)出向元のみが労働条件明示をしていることについて労基法15条違反を指摘したことはない。」

 

労働基準監督署の見解は当局(の電話口の方)の解釈であり、根拠が必ずしも明らかにはなりませんでしたが、実質的には出向元のみが労働条件の明示をしても、やはり特段問題視はしませんということのようです。

以上の点からまとめますと、特に前掲通達の②の「三者間の取り決めによって定められた権限と責任に応じて」という点がポイントといえそうです。

 

まとめ

 

出向元と出向先間の出向契約書・出向協定書等において労働条件の明示を行うのは出向元であるとの定めがあれば、これに基づき出向元が労働条件を明示することは可能でしょう(この点、パンフレットの出向契約書の例では、たしかに出向元が労働条件の明示を行うことができる旨が定められていました)。

 

一方、このような定めがない場合であっても、出向を命じる根拠自体は出向元にあり、出向先における出向者の労働条件については出向元・先間において事前に協議がなされ、出向元より出向者に対して労働条件の明示がなされるのが基本的な流れといえることから、これをもって出向元より行う出向者に対する出向先の労働条件の明示とすることは結果として差し支えない、という解釈になるものと筆者は整理しました。

 

以上となりますが、今回の件に限らず、出向に関する様々な事項については出向元と出向先のそれぞれの役割を出向契約書・出向協定書等で可能な限り明らかにしておき、解釈を巡って疑義が生じないように、もしも疑義が生じてしまった場合には、必要に応じて出向者も含めた三者間で協議のうえ対応するといったことを定め、その認識を三者間で共有しておくことが肝要かと思います。

 

本日も最後までお読みいただきありがとうございました。

 

<参考URL

■厚生労働省 在籍型出向『基本がわかる』ハンドブック 第2

https://www.mhlw.go.jp/content/000739527.pdf

 

執筆者:土岐

 

 

 

土岐 紀文

土岐 紀文 特定社会保険労務士

第3事業部 部長

23歳のときに地元千葉の社労士事務所にて社労士業務の基礎を学び、その後大野事務所に入所しまして10数年になります。

現在はアドバイザリー業務を軸に、手続きおよび給与計算業務にも従事しています。お客様のご相談には法令等の解釈を踏まえたうえで、お客様それぞれに合った適切な運用ができるようなアドバイスを常に心がけております。

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