TOP大野事務所コラム1か月単位の変形労働時間制における時間外労働の清算

1か月単位の変形労働時間制における時間外労働の清算

こんにちは。大野事務所の深田です。

 

1週40時間および18時間の固定的な労働時間制度のいわば例外として、業務の繁閑に応じた所定労働時間の柔軟な配分を可能とするのが変形労働時間制ですが、その種類としては「1か月単位」、「1年単位」そして「1週間単位」があります。

 

私自身が社会保険労務士試験の勉強をしていた当時は、この変形労働時間制をテキストで読んでもイメージがほとんど湧かなかったという記憶が強く残っていますが、実際に企業で変形労働時間制を導入しているケースは決して少なくなく、実務で直面したことでようやく意味合いを理解することができたというのが正直なところです。

 

さて、そのような変形労働時間制ですが、導入事例として比較的多いのは1か月単位ではないでしょうか。1か月の中で、8時間超の所定労働時間や反対に短めの所定労働時間を設定することによって業務の繁閑に合わせた勤務シフトを組むことができ、実務対応としても(労働条件変更の問題は一旦横に置くとして)就業規則上の根拠規定をもって導入できるということでの使いやすさもあります。

この1か月単位の変形労働時間制を既に導入されているお客様から先日お受けしたご質問を、今回のコラムでは取り上げたいと思います。

 

ご質問の内容としては、「変形期間である1か月の途中で退職する場合に、賃金の清算が必要になることはあるのか?」というものです。

 

具体的に見ていきましょう。変形期間が1日~末日までの1か月間だとして、月の前半に所定労働時間8時間超の日が多く、後半は7時間以下の日が多いという勤務シフトが組まれていたとします。そのようなシフト下で15日付での退職となった場合、在籍中に18時間を超える勤務が続いていたとしても、それが変形労働時間制に基づく所定労働時間内である以上は割増賃金が発生しないこととなります。月末まで在籍していれば1か月トータルでバランスするはずの労働時間だったわけですが、退職によってアンバランスなまま割増賃金が支払われることもないという結果になりそうです。

 

この点、1年単位の変形労働時間制であれば、変形期間の途中で退職あるいは入社した労働者に対する「賃金清算」の規定があります(労働基準法第32条の42)。しかし、1か月単位の場合には労基法にそのような規定は見当たらず、通達等で言及したようなものもありませんので、ご質問をお受けした際に反射的に頭に浮かんだのは「退職によって清算ということにはならない」というものでした。配慮があっても良いように心情的には感じる面もあるものの、法律上の規定がない以上は「仕方ない」ということになるように思われます。

 

念のため、この点について複数の労働基準監督署に確認してみたところ、いずれの監督署も即答というわけではなかったのですが、結論的には「そのようなケースで賃金を清算する法的な義務まではない。」というものでした。

 

配慮として清算する分には構わないというのは言うまでもありませんが、清算する以上は就業規則(給与規程)に根拠条文を定めておくべきですし、1年という長期間にわたって労働時間を平均させる仕組みである1年単位の変形労働時間制と扱いが異なっていること自体は、妥当なのではないかと感じるところです。

 

お客様からのご質問に関しては以上なのですが、時間外労働の清算についてもう少し触れたいと思います。

 

1か月単位の変形労働時間制では、割増賃金の計算において「1日、1週、1か月」それぞれのステップで法定労働時間の超過を確認する(前のステップで清算した分は除く)という手順を踏みます。

 

このうち1週間についてですが、一般的な扱いである暦週(日曜日起算)で考えるとして、変形期間をまたぐ週(図表カレンダーの場合であれば、第1週と第5週)の扱いについてコンメンタールで言及があるのをご存知でしょうか。

 

【図表】

 

 

<コンメンタールでの言及内容>

1週間について時間外労働であるかどうかを判断するに当たって、・・・(中略)・・・1週間については暦週でみることとし、変形期間をまたがる週についてはそれぞれ分けて、40×端日数/7でみることが原則であると解される・・・(後略)・・・。

 

変形期間をまたいでいる(2月と3月をまたいでいる)ことで図表カレンダーの第5週であれば、変形期間内の1週間は7日間ではなく5日間となりますので、週の法定労働時間である40時間を按分するということになります。

按分によって28.57時間(40時間×5/7)という数字が導かれますが、この数字は実際にどのように使うこととなるのでしょうか。

 

図表カレンダーの第5週は所定労働時間が33時間となっており、28.57時間を既に上回っていますので、そうすると第5週はいずれにしても割増賃金の清算が必要ということも頭に浮かびます。

しかし、1か月トータルでは2月の法定労働時間である160時間に収まっていますので、にもかかわらず第5週は所定労働時間通りの勤務でも割増賃金の支払いを要するというのは理屈に合わないと考えられます。

 

実際の考え方としましては、時間外労働があった場合に、週単位の割増賃金清算では40時間(40時間を超える所定労働時間を組んでいる場合には当該時間)との比較で見るところ、ここでの「40時間」という数字が図表カレンダーの第5週では「28.57時間」に置き換わるということです。

 

つまり、所定労働時間が28.57時間を既に超過している第5週においては、26日のように所定労働時間が(法定労働時間の8時間を下回る)7時間の日に多少なりとも時間外労働があったとすれば、日単位では直ちに割増賃金の支払いを要しないものの(割増のつかない1.0の賃金は必要です)、週単位で見たときには割増賃金の支払いを要することとなるという次第です。

 

こうした扱いになるわけですが、図表カレンダーのように月単位で法定労働時間の160時間を既に満たしているケースでは、仮にこのような計算プロセスがなかったとしても、第3ステップである月単位での清算において割増賃金の支払いを要する時間外労働時間として拾われるということにはなってまいります。

更には、8時間を下回る所定労働時間を設定しているケースに関わるものであり、実務的にはあまり気にしなくても支障がないことがほとんどだと思われますが、コンメンタールの記載内容が読み解きにくいようにも感じたため取り上げてみました。

 

執筆者:深田

深田 俊彦

深田 俊彦 特定社会保険労務士

労務相談室長 管理事業部長/パートナー社員

社会人1年目のときの上司が元労働基準監督官だったことが、労働分野へ関心を寄せるきっかけとなりました。
日頃からスピード感を持って分かりやすくまとめ、分かりやすく伝えることを心掛けています。また、母の「人間は物事が調子良く進んでいるときに感謝の気持ちを忘れがちである」という言葉を、日常生活でも仕事の上でも大切にしています。

その他のコラム

過去のニュース

ニュースリリース

2024.12.02 ニュース
【急募!正規職員・契約職員・パート職員】リクルート情報
2024.12.25 大野事務所コラム
来年はもっと
2024.12.20 ニュース
書籍を刊行しました
2024.12.20 ニュース
『月刊不動産』に寄稿しました【労働条件の不利益変更】
2024.12.20 ニュース
年末年始休業のお知らせ
2024.12.18 大野事務所コラム
【通勤災害】通勤経路上にないガソリンスタンドに向かう際の被災
2024.12.11 大野事務所コラム
【賃金のデジタル払いの今と今後の広がりは?】
2024.12.09 ニュース
『workforce Biz』に寄稿しました【年次有給休暇の付与や取得等に関する基本的なルールと留意点(後編)】
2024.12.04 大野事務所コラム
X.Y.Z―「人と人との関係性」から人事労務を考える㊲
2024.11.30 これまでの情報配信メール
令和6年12月2日以降は健康保険証が発行されなくなります・養育期間標準報酬月額特例申出書の添付書類の省略について
2024.11.27 大野事務所コラム
産前産後休業期間中の保険料免除制度は実に厄介
2024.11.20 大野事務所コラム
介護についての法改正動向
2024.11.14 ニュース
『月刊不動産』に寄稿しました【未払い賃金請求権と時効期間】
2024.11.22 これまでの情報配信メール
データでみる70歳以上の定年・継続雇用制度の導入効果と工夫、大野事務所モデル規程・協定一部改定のお知らせ
2024.11.12 これまでの情報配信メール
過重労働解消キャンペーン、2024年12月からの企業型DCおよびiDeCoの変更点について
2024.11.13 大野事務所コラム
PRIDE指標をご存知ですか
2024.11.06 大野事務所コラム
AIは事務所を救うのか?
2024.11.05 ニュース
『workforce Biz』に寄稿しました【年次有給休暇の付与や取得等に関する基本的なルールと留意点(中編)】
2024.10.31 これまでの情報配信メール
賃金のデジタル払い、令和7年3月31日高年齢者雇用確保措置における経過措置期間の終了について
2024.10.30 大野事務所コラム
通勤災害における通勤とは③
2024.10.23 ニュース
『月刊不動産』に寄稿しました【職場や外出先への移動時間は労働時間に該当するか】
2024.10.23 これまでの情報配信メール
令和6年年末調整における定額減税に関する事務・簡易な扶養控除等申告書について
2024.10.16 大野事務所コラム
本当に「かぶ」は抜けるのか―「人と人との関係性」から人事労務を考える㊱
2024.10.11 これまでの情報配信メール
令和6年版労働経済の分析(労働経済白書)について
2024.10.09 大野事務所コラム
労働者死傷病報告等の電子申請義務化について
2024.10.04 ニュース
『workforce Biz』に寄稿しました【年次有給休暇の付与や取得等に関する基本的なルールと留意点(前編)】
2024.10.02 これまでの情報配信メール
労働者死傷病報告の報告事項改正及び電子申請義務化について
2024.10.02 大野事務所コラム
女性活躍推進法の改正動向
2024.09.26 ニュース
『月刊不動産』に寄稿しました【社会保険の適用が拡大されます】
2024.09.25 大野事務所コラム
社会保険の同月得喪と2以上勤務を考える
2024.09.18 大野事務所コラム
理想のチーム
2024.09.11 大野事務所コラム
通勤災害における通勤とは②
2024.09.11 これまでの情報配信メール
令和6年度地域別最低賃金額の改定状況について・大規模地震の発生に伴う帰宅困難者等対策のガイドラインについて
2024.09.04 大野事務所コラム
フレックスタイム制適用時における年次有給休暇の時間単位取得と子の看護休暇・介護休暇の時間単位取得
2024.10.23 大野事務所コラム
在籍出向者を受け入れる際の労働条件の明示は出向元・出向先のいずれが行うのか?
2024.08.31 これまでの情報配信メール
「健康保険資格情報のお知らせ及び加入者情報」の送付、マイナンバーカードの健康保険証利用について
2024.08.21 これまでの情報配信メール
雇用保険基本手当日額および高年齢雇用継続給付等の支給限度額変更・令和7年4月1日以降の高年齢雇用継続給付の段階的縮小について
2024.08.21 大野事務所コラム
ライフプラン手当のDC掛金部分を欠勤控除の計算基礎に含めてよいのか?
2024.08.15 ニュース
『月刊不動産』に寄稿しました【減給の制裁における労働基準法の制限】
2024.08.10 これまでの情報配信メール
雇用の分野における障害者の差別禁止・合理的配慮の提供義務に係る相談等実績について等
2024.08.07 大野事務所コラム
1か月単位の変形労働時間制における時間外労働の清算
HOME
事務所の特徴ABOUT US
業務内容BUSINESS
事務所紹介OFFICE
報酬基準PLAN
DOWNLOAD
CONTACT
pagetop