1か月単位の変形労働時間制における時間外労働の清算
こんにちは。大野事務所の深田です。
1週40時間および1日8時間の固定的な労働時間制度のいわば例外として、業務の繁閑に応じた所定労働時間の柔軟な配分を可能とするのが変形労働時間制ですが、その種類としては「1か月単位」、「1年単位」そして「1週間単位」があります。
私自身が社会保険労務士試験の勉強をしていた当時は、この変形労働時間制をテキストで読んでもイメージがほとんど湧かなかったという記憶が強く残っていますが、実際に企業で変形労働時間制を導入しているケースは決して少なくなく、実務で直面したことでようやく意味合いを理解することができたというのが正直なところです。
さて、そのような変形労働時間制ですが、導入事例として比較的多いのは1か月単位ではないでしょうか。1か月の中で、8時間超の所定労働時間や反対に短めの所定労働時間を設定することによって業務の繁閑に合わせた勤務シフトを組むことができ、実務対応としても(労働条件変更の問題は一旦横に置くとして)就業規則上の根拠規定をもって導入できるということでの使いやすさもあります。
この1か月単位の変形労働時間制を既に導入されているお客様から先日お受けしたご質問を、今回のコラムでは取り上げたいと思います。
ご質問の内容としては、「変形期間である1か月の途中で退職する場合に、賃金の清算が必要になることはあるのか?」というものです。
具体的に見ていきましょう。変形期間が1日~末日までの1か月間だとして、月の前半に所定労働時間8時間超の日が多く、後半は7時間以下の日が多いという勤務シフトが組まれていたとします。そのようなシフト下で15日付での退職となった場合、在籍中に1日8時間を超える勤務が続いていたとしても、それが変形労働時間制に基づく所定労働時間内である以上は割増賃金が発生しないこととなります。月末まで在籍していれば1か月トータルでバランスするはずの労働時間だったわけですが、退職によってアンバランスなまま割増賃金が支払われることもないという結果になりそうです。
この点、1年単位の変形労働時間制であれば、変形期間の途中で退職あるいは入社した労働者に対する「賃金清算」の規定があります(労働基準法第32条の4の2)。しかし、1か月単位の場合には労基法にそのような規定は見当たらず、通達等で言及したようなものもありませんので、ご質問をお受けした際に反射的に頭に浮かんだのは「退職によって清算ということにはならない」というものでした。配慮があっても良いように心情的には感じる面もあるものの、法律上の規定がない以上は「仕方ない」ということになるように思われます。
念のため、この点について複数の労働基準監督署に確認してみたところ、いずれの監督署も即答というわけではなかったのですが、結論的には「そのようなケースで賃金を清算する法的な義務まではない。」というものでした。
配慮として清算する分には構わないというのは言うまでもありませんが、清算する以上は就業規則(給与規程)に根拠条文を定めておくべきですし、1年という長期間にわたって労働時間を平均させる仕組みである1年単位の変形労働時間制と扱いが異なっていること自体は、妥当なのではないかと感じるところです。
お客様からのご質問に関しては以上なのですが、時間外労働の清算についてもう少し触れたいと思います。
1か月単位の変形労働時間制では、割増賃金の計算において「1日、1週、1か月」それぞれのステップで法定労働時間の超過を確認する(前のステップで清算した分は除く)という手順を踏みます。
このうち1週間についてですが、一般的な扱いである暦週(日曜日起算)で考えるとして、変形期間をまたぐ週(図表カレンダーの場合であれば、第1週と第5週)の扱いについてコンメンタールで言及があるのをご存知でしょうか。
【図表】
<コンメンタールでの言及内容>
1週間について時間外労働であるかどうかを判断するに当たって、・・・(中略)・・・1週間については暦週でみることとし、変形期間をまたがる週についてはそれぞれ分けて、40×端日数/7でみることが原則であると解される・・・(後略)・・・。 |
変形期間をまたいでいる(2月と3月をまたいでいる)ことで図表カレンダーの第5週であれば、変形期間内の1週間は7日間ではなく5日間となりますので、週の法定労働時間である40時間を按分するということになります。
按分によって28.57時間(40時間×5/7)という数字が導かれますが、この数字は実際にどのように使うこととなるのでしょうか。
図表カレンダーの第5週は所定労働時間が33時間となっており、28.57時間を既に上回っていますので、そうすると第5週はいずれにしても割増賃金の清算が必要ということも頭に浮かびます。
しかし、1か月トータルでは2月の法定労働時間である160時間に収まっていますので、にもかかわらず第5週は所定労働時間通りの勤務でも割増賃金の支払いを要するというのは理屈に合わないと考えられます。
実際の考え方としましては、時間外労働があった場合に、週単位の割増賃金清算では40時間(40時間を超える所定労働時間を組んでいる場合には当該時間)との比較で見るところ、ここでの「40時間」という数字が図表カレンダーの第5週では「28.57時間」に置き換わるということです。
つまり、所定労働時間が28.57時間を既に超過している第5週においては、26日のように所定労働時間が(法定労働時間の8時間を下回る)7時間の日に多少なりとも時間外労働があったとすれば、日単位では直ちに割増賃金の支払いを要しないものの(割増のつかない1.0の賃金は必要です)、週単位で見たときには割増賃金の支払いを要することとなるという次第です。
こうした扱いになるわけですが、図表カレンダーのように月単位で法定労働時間の160時間を既に満たしているケースでは、仮にこのような計算プロセスがなかったとしても、第3ステップである月単位での清算において割増賃金の支払いを要する時間外労働時間として拾われるということにはなってまいります。
更には、8時間を下回る所定労働時間を設定しているケースに関わるものであり、実務的にはあまり気にしなくても支障がないことがほとんどだと思われますが、コンメンタールの記載内容が読み解きにくいようにも感じたため取り上げてみました。
執筆者:深田
深田 俊彦 特定社会保険労務士
労務相談室長 管理事業部長/パートナー社員
社会人1年目のときの上司が元労働基準監督官だったことが、労働分野へ関心を寄せるきっかけとなりました。
日頃からスピード感を持って分かりやすくまとめ、分かりやすく伝えることを心掛けています。また、母の「人間は物事が調子良く進んでいるときに感謝の気持ちを忘れがちである」という言葉を、日常生活でも仕事の上でも大切にしています。
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