TOP大野事務所コラム株式報酬制度を考える

株式報酬制度を考える

代表社員の野田です。昨年、株式報酬について国税庁が給与所得に該当するとの見解を示し話題になりましたが、ここ数年、株式報酬の社会保険の取り扱いに関するご質問を受けることが増えましたので、今回は株式報酬制度について考えます。

 

株式報酬制度は、役員と株主の利益の連動性を高める目的で役員を中心に導入されたインセンティブ報酬ですが、昨今は株主目線の経営を意識しつつ企業価値向上に向けたモティベーションアップの手段として、従業員に対し株式報酬を付与する動きが進んでおり、導入企業数は過去10年で3倍の約800社に増加しています。

 

  • ●労働基準法との関係

労働基準法第11条では、「賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。」と規定していますが、株式報酬は賃金に該当するのでしょうか。株式報酬制度には、ストック・オプション(以下「SO」という)が含まれますが、SOに関しては以下の行政通達が出ています。

 

【行政解釈(平成9年6月1日基発第412号)】

「ストック・オプション制度では、権利付与を受けた労働者が権利行使を行うか否か、また権利行使するとした場合において、その時期や株式売却時期をいつにするかを労働者が決定するものとしていることから、この制度から得られる利益は、それが発生する時期および額ともに労働者の判断に委ねられているため、労働の対償ではなく、労働基準法第11条の賃金には当たらないものである。」

 

SOでは、自社株を予め定められた権利行使価格で購入する権利を付与するものであること、また権利を行使する時期と額ともに労働者に委ねられていることから、SOにより得た報酬は労基法上の賃金に該当しないものとされています。

また、経済産業省が2017年に作成・公表した「攻めの経営を促す役員報酬-企業の持続的成長のためのインセンティブプラン導入の手引-」のQ80(従業員に対する株式報酬の労働基準法上の取り扱い)では、以下①~③の全ての要件を満たす場合、労基法第11条の賃金には該当せず、労基法第24条の「通貨払いの原則」にも抵触しないものとしています。

 

① 通貨による賃金等(退職金などの支給が期待されている貨幣賃金を含む。以下同じ。)を減額することなく付加的に付与されるものであること

② 労働契約や就業規則において賃金等として支給されるものとされていないこと

③ 通貨による賃金等の額を合算した水準と、スキーム導入時点の株価を比較して、労働の対償全体の中で、前者が労働者が受ける利益の主たるものであること

 

【攻めの経営を促す役員報酬-企業の持続的成長のためのインセンティブプラン導入の手引-】

20230331008.pdf (meti.go.jp)

 

株式報酬制度のなかには、毎年特定の時期に株式付与の基礎となるポイントを付与し、一定年数(3年など)が経過した時点で本人が予め選択した方法(①100%株式、②50%株式&50%金銭)により、株式や金銭が付与されるといった信託型の制度があるようですが、この場合はどうでしょう。②の金銭で付与されたものは労基法上の賃金に該当するものでしょうか。同じ制度のもと、選択の相違により賃金に該当したりしなかったりするのであれば違和感を覚えますので、このような選択式の場合でも金銭報酬を含め賃金には該当しないということでしょうか。

労基法上の賃金該当性については理屈の部分であり、実務上あまり気にする必要はないと思われますが、あるとすれば時効の問題でしょうか。仮にパート有期法で争う非正規社員がいて、この点について何らかの主張をした場合、賃金に該当しないということは、時効5年ということでしょうか・・・

 

  • ●労働保険・社会保険との関係

税務上は株式・金銭にかかわらず、付与された時点で課税処理されるようですが、労働保険や社会保険の取り扱いはどうでしょうか。「攻めの経営を促す役員報酬」のQ13(株式報酬を付与する場合、社会保険料の算定の対象になりますか。)では、SOおよび退職時に付与される株式報酬を除き、役員や従業員に対する株式報酬についても原則として社会保険上の報酬等に含まれるものと解されるとしています。これが正しいとすれば、税務同様、株式・金銭にかかわらず社会保険上の賞与となりますが、年金事務所に確認したところ、社保上は株式を時価評価するという考え方がないとのことです。よって、先の「①100%株式」を選択した場合は賞与に該当しませんが、「②50%株式&50%金銭」を選択した場合、50%の金銭部分は賞与扱いとなるようです。ただし、当該処理が年金事務所側の統一見解であるかは不明です。

 

このように、経済産業省は労基法上の賃金該当性や社会保険上の報酬該当性について一定の見解を示していますが、管轄であるはずの厚生労働省がこの点について未だ明確にしておりません。株式報酬制度と一言で言っても、対価、タイミング、条件など、その中身は多種多様であり、業績連動型株式、譲渡制限付株式ユニット、無償・有償SO、信託型、ファントムストックなどに区分されます。今後も株式報酬制度を導入する上場企業、スタートアップ企業は増えるものと思われますので、早い段階で担当行政の見解を示して頂きたいところです。

 

執筆者:野田

野田 好伸

野田 好伸 特定社会保険労務士

代表社員

コンサルタントになりたいという漠然とした想いがありましたが、大学で法律を専攻していたこともあり、士業に興味を持ち始めました。学生時代のバイト先からご紹介頂いた縁で社労士事務所に就職し、今に至っています。
現在はアドバイザーとして活動しておりますが、法律や制度解説に留まるのではなく、自身の見解をしっかりと伝えられる相談役であることを心掛け、日々の業務に励んでおります。

その他のコラム

過去のニュース

ニュースリリース

2024.08.22 ニュース
【正規職員・契約職員・パート職員募集】リクルート情報
2024.11.20 大野事務所コラム
介護についての法改正動向
2024.11.14 ニュース
『月刊不動産』に寄稿しました【未払い賃金請求権と時効期間】
2024.11.22 これまでの情報配信メール
データでみる70歳以上の定年・継続雇用制度の導入効果と工夫、大野事務所モデル規程・協定一部改定のお知らせ
2024.11.12 これまでの情報配信メール
過重労働解消キャンペーン、2024年12月からの企業型DCおよびiDeCoの変更点について
2024.11.13 大野事務所コラム
PRIDE指標をご存知ですか
2024.11.06 大野事務所コラム
AIは事務所を救うのか?
2024.11.05 ニュース
『workforce Biz』に寄稿しました【年次有給休暇の付与や取得等に関する基本的なルールと留意点(中編)】
2024.10.31 これまでの情報配信メール
賃金のデジタル払い、令和7年3月31日高年齢者雇用確保措置における経過措置期間の終了について
2024.10.30 大野事務所コラム
通勤災害における通勤とは③
2024.10.23 大野事務所コラム
在籍出向者を受け入れる際の労働条件の明示は出向元・出向先のいずれが行うのか?
2024.10.23 ニュース
『月刊不動産』に寄稿しました【職場や外出先への移動時間は労働時間に該当するか】
2024.10.23 これまでの情報配信メール
令和6年年末調整における定額減税に関する事務・簡易な扶養控除等申告書について
2024.10.16 大野事務所コラム
本当に「かぶ」は抜けるのか―「人と人との関係性」から人事労務を考える㊱
2024.10.11 これまでの情報配信メール
令和6年版労働経済の分析(労働経済白書)について
2024.10.09 大野事務所コラム
労働者死傷病報告等の電子申請義務化について
2024.10.04 ニュース
『workforce Biz』に寄稿しました【年次有給休暇の付与や取得等に関する基本的なルールと留意点(前編)】
2024.10.02 これまでの情報配信メール
労働者死傷病報告の報告事項改正及び電子申請義務化について
2024.10.02 大野事務所コラム
女性活躍推進法の改正動向
2024.09.26 ニュース
『月刊不動産』に寄稿しました【社会保険の適用が拡大されます】
2024.09.25 大野事務所コラム
社会保険の同月得喪と2以上勤務を考える
2024.09.18 大野事務所コラム
理想のチーム
2024.09.11 大野事務所コラム
通勤災害における通勤とは②
2024.09.11 これまでの情報配信メール
令和6年度地域別最低賃金額の改定状況について・大規模地震の発生に伴う帰宅困難者等対策のガイドラインについて
2024.09.04 大野事務所コラム
フレックスタイム制適用時における年次有給休暇の時間単位取得と子の看護休暇・介護休暇の時間単位取得
2024.08.28 大野事務所コラム
やっぱり損はしたくない!―「人と人との関係性」から人事労務を考える㉟
2024.08.31 これまでの情報配信メール
「健康保険資格情報のお知らせ及び加入者情報」の送付、マイナンバーカードの健康保険証利用について
2024.08.21 これまでの情報配信メール
雇用保険基本手当日額および高年齢雇用継続給付等の支給限度額変更・令和7年4月1日以降の高年齢雇用継続給付の段階的縮小について
2024.08.21 大野事務所コラム
ライフプラン手当のDC掛金部分を欠勤控除の計算基礎に含めてよいのか?
2024.08.15 ニュース
『月刊不動産』に寄稿しました【減給の制裁における労働基準法の制限】
2024.08.10 これまでの情報配信メール
雇用の分野における障害者の差別禁止・合理的配慮の提供義務に係る相談等実績について等
2024.08.07 大野事務所コラム
1か月単位の変形労働時間制における時間外労働の清算
2024.08.02 ニュース
『workforce Biz』に寄稿しました【管理監督者の適正性】
2024.07.31 大野事務所コラム
健康情報取扱規程の作成は義務⁈②
2024.07.24 大野事務所コラム
ナレッジは共有してこそ価値がある
2024.08.01 これまでの情報配信メール
2024年 企業の「人材確保・退職代行」に関するアンケート調査 カスタマーハラスメント対策企業マニュアルと事例集
2024.07.19 これまでの情報配信メール
仕事と介護の両立支援に向けた経営者向けガイドライン
2024.07.17 大野事務所コラム
通勤災害における通勤とは①
2024.07.16 ニュース
『月刊不動産』に寄稿しました【振替休日と割増賃金】
2024.07.10 大野事務所コラム
これまでの(兼務)出向に関するコラムのご紹介
2024.07.08 ニュース
『workforce Biz』に寄稿しました【歩合給に対しても割増賃金は必要か?】
HOME
事務所の特徴ABOUT US
業務内容BUSINESS
事務所紹介OFFICE
報酬基準PLAN
DOWNLOAD
CONTACT
pagetop