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取締役の労働者性②

こんにちは。大野事務所の岩澤です。

 

今回も引き続き、労災保険における「取締役の労働者性」が争われた事案をご紹介します。今回は前回とは反対に、被災者の労働者性が否定され、労災保険の対象とは認められなかったケースです。前回のコラムと読み比べていただくと、取締役の労働者性の判断の輪郭がはっきりしてきますので、そのような読み方も是非お試しください。

 

取締役の労働者性(労働者性否定) 平成28年労第500

 

 ≪事案の概要≫

請求人は被災者の妻である。被災者は、会社(B会社)に雇われ、その後グループ企業(C会社)に出向。役職も昇進して常務や専務取締役になり、最終的には再び常務として働いていた。しかし、ある日自宅で自殺した。請求人は業務上の事由により精神障害を発病し死亡したものであるとして、監督署長に遺族補償給付を請求したところ、監督署長は、被災者は労災保険法上の労働者とは認められず、また、仮に被災者が労災保険法上の労働者と 認められ精神障害を発病していたとしても、精神障害発病前6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められず、業務上の事由によるものとは認められないとして、これを支給しない旨の処分をした。請求人はこれに不服を申し立て、審査請求を経て再審査請求した。

 

◆争点◆

今回の争点も被災者が労災保険法上の労働者と認められるか否かです。さらに、仮に労働者と認められた場合、被災者の精神障害の発病及び死亡が業務上の事由によるものであると認められるか否かという点まで今回の裁決の争点となっています。

前回のコラムと同様、被災者が労災保険法の労働者と同義とされる労働基準法第9条に規定する労働者であるかを審査会は考察していきます。その判断については、被災者が会社の実質的な指揮監督関係ないし従属関係に服していたか否かという観点を用いて、具体的には、被災者の「取締役就任の経緯」、「会社における地位」、「定款上の業務執行権の有無」、「取締役としての執務の具体的な内容」、「拘束性の有無及び内容」、「業務に対する対価の性質及び額などの事情」を考慮のポイントとしました。

 

◆取締役就任の経緯◆

被災者はB会社に雇用された後、C会社に出向し営業などの業務を行っていたところ、雇用されているB会社の社長から経営手腕を評価され、会社の常務取締役に就任し、その後、専務取締役に就任した。これと併せて、別の関連会社(F会社)の名目上の取締役に就任し、B会社、F会社それぞれの会社から役員報酬を受け取っていた。

※なぜ、就任の経緯が労働者性の判断に必要なのかどうか、裁決集では理由は述べられてはいませんが、おそらく経緯を把握することにより、会社が本当に取締役として就任させたかったのか、それとも取締役とは名ばかりで実質的には労働者として扱っているのかを客観的に確認することができるからであると私は勝手に考えています。今回のケースにおいては社長が被災者の経営手腕を評価し役員に抜擢したとされているので、被災者の役員就任においては、純粋に役員としての職務を全うしてもらいたいとの会社の思惑が見て取れます。

 

 ◆被災者のB会社における地位◆

被災者は、B会社の常務取締役、専務取締役を歴任し、これと併せて、B会社のG部長として、G部・H部・I部などの多くの部署の担当役員も兼ねて務めていた。その後、常務取締役となり、一つの事業部を専属的に指揮監督すべきとの経営上の判断から、J部の担当役員のみを兼ねることとなった。

 

◆定款上の業務執行権の有無◆

B会社の定款には「代表取締役である社長は会社の業務を統轄し、専務取締役及び常務取締役は社長を補佐し、定められた事務を分掌処理し、日常業務の執行にあたる。」旨が定められており、被災者は、専務取締役又は常務取締役として、少なくとも定款に定められた限度においては業務執行権を有していたことが認められる。

 

◆取締役としての執務の具体的な内容◆

【1】被災者は毎朝、会社から貸与を受けている社用車で出社していた。

 

【2】出社後、被災者は、部下が作成した書類の決裁を行い、J部を統轄し、J部の事業方針につき広範な裁量権の下で、その方針や業務内容を決定し、傘下の従業員を指揮監督する立場にあった。E社長から被災者の担当する事業部について個別に指示を受けることはなく、被災者もE社長に対して事業活動の具体的な内容について相談することはほとんどなかったので、被災者は自由裁量の下で、取締役として執務していた。

 

【3】被災者は取締役会に加えて、毎月、役員会(組織変更・人事案件・設備投資等を協議する会)、事業会議(各事業部の売上げや取り組みを協議する会)及び役員ミーティング(各週の議題や問題を協議する会)に、役付取締役として出席し、会社全体の経営判断に関わる重要な意思決定の構成員として、各種会議の決議に参画していた。

 

◆拘束性の有無及び内容◆

被災者は勤務管理をしておらず、その他、就業規則の適用も受けていなかった。自らの裁量で執務する時間を決めており、労働時間や休暇等の労務管理の対象にもなっていなかった。

 

◆業務に対する対価の性質及び額など◆

【1】被災者は、欠勤や勤務時間によって左右されない定額の報酬を会社から受領していた。また、経営や業務等には関与しないもののF会社から取締役としての役員報酬を受領していた。

 

【2】被災者には、社有車が貸与され、被災者は24時間自由にこれを使用することができた上、当該車両のETCカード及びガソリンカードも貸与されて、これらを会社の費用負担の下で自由に使用することができた。

 

 

◆審査会が判断した被災者の労働者性◆

以上の被災者を取り巻く事実をまとめると、

 

  • ① 取締役として、会社全体の経営判断に関わる重要な意思決定に参画していた。
  • ② 事業部を統轄し、事業部の事業方針につき広範な裁量権の下で、その方針や業務内容を決定し、傘下の従業員を指揮監督する立場にあったものであり、他の従業員と同様の業務に従事していたとは認められない。
  • ③ 勤務時間の管理を受けず、自らの裁量で執務する時間を決めていた。
  • ④ 取締役としての執務を開始した当初から、勤務時間に対応しない定額の役員報酬を受領していた。
  • ⑤ 自由に使用できる社用車の貸与も受けていた。

 

これらの諸事情を総合考慮すると、被災者は会社の指揮監督の下で労務を提供し、その労働の対価として賃金たる報酬を受ける立場にはなく、会社の実質的な指揮監督関係、従属関係に服する会社の労働者であったとは認められないと審査会は判断しました。

 

◆結論◆

被災者は労災保険法上の労働者であるとは認められず、被災者の死亡について労災保険の保険給付の対象とすることはできず、したがって、被災者の業務による心理的負荷について論ずるまでもなく、監督署長が請求人に対してした遺族補償給付を支給しない旨の処分は妥当であると、審査会は判断しました。

 

◆最後に◆

審査会がまとめた被災者をとりまく事実を確認すると、「紛れもなく取締役」であると見て取れます。このような状況の被災者に対してなぜ労災請求をしたのかは裁決集からは確認できませんでしたが、おそらく被災者がお亡くなりになったという究極的な状況の中、藁にもすがる思いだったのだろうなというのが、一つ想像できます。もう一つ、「被災者のB会社における地位」において述べさせていただいた通り、被災者は取締役の他、「部長」を兼務していたということも、労災認定の可能性を期待してしまった要素になったのであろうと推測いたします。ですが、いかに「部長」という肩書が付されていたとしても、実態は「取締役」そのものでしたので、監督署の判断は覆すことはできなかったのでしょう。

 

執筆者 岩澤

岩澤 健

岩澤 健 特定社会保険労務士

第1事業部 グループリーダー

社労士とは全く関係のない職を転々としておりましたが、最後に務めた会社が大野事務所の顧問先というご縁で入所することになりました。それからは、何もわからないまま全力で目の前の仕事に励んできました。
入所してから十数年、現在では「無理せず、楽しく、元気よく」をモットーに日々の業務と向き合っています。

数年前から、子供と一緒に始めた空手にドはまりしており、50歳までに黒帯になるという野望があります。
押忍!!

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