TOP大野事務所コラム取締役の労働者性

取締役の労働者性

こんにちは。大野事務所の岩澤です。

 

今回は労災保険の裁決集をご紹介いたします!

私のコラム掲載から約1年が経ち、やっとこの時が来ました!

 

労災保険、正確には労働者災害補償保険(法)ですが、どのような保険なのかというと、読んで字のごとく、労働者のための災害補償保険ということになりますので保険の対象となるのは、当然「労働者」ということになります。

 

「被災者は労働者なのか?」は労災保険の保険給付を行う上での前提となるため非常に重要なポイントであり数多くの審査請求の対象となっています。

 

厚生労働省の裁決集では平成26年から令和2年までの7年間の裁決事案の一覧が掲載されていますが、労働者性(労働者資格)が争われた事案が56件あり、その中で審査会の裁決により労働者性が認められたのはなんと3件のみです。審査会が考える労働者性の判断が厳しいのか、それとも明らかに労働者ではない人が労働者であると主張しているケースが多いのか、正確にはわかりませんが、割合でみると3件は少ないと感じてしまいます。

 

労働保険審査会 裁決一覧

https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/shinsa/roudou/saiketu-youshi/index.html

 

今回はこの労働者性が認められた3件のうちの一つを紹介させていただきます。

 

取締役の労働者性が争われた事案です。

https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/shinsa/roudou/saiketu-youshi/dl/31rou154.pdf

 

 ≪事案の概要≫

請求人は昭和58年(1983年)に会社Aに入社。入社してから16年後の平成11年(1999年)に取締役に就任。平成26年(2014年)会社B営業所で勤務し、同年7月からは会社Dセンターにおいて、センター長として各種食料品の入庫・仕分・出庫業務等に従事していた。平成27年2月17日、自宅を出る直前に意識を失い、E医療機関に搬送され「高血圧性脳出血、高血圧、右半身麻痺、構音障害」(以下「本件疾病」という。)と診断され、同年3月17日、F医療機関に転医し、さらに、同年7月13日、G医療機関に転医し、療養を継続した。請求人は本件疾病は業務上の事由によるものであるとして平成27年7月13日から平成29年7月18日までの間の休業補償給付の請求をしたが、労働基準監督署長は、請求人は労働者災害補償保険法の労働者に当たらないとして、これを支給しない旨の処分(以下「本件処分」という。)をしたことから、本件処分を不服とし、労働者災害補償保険審査官に対する審査請求を経て、労働保険審査会に対して再審査請求をした事案である。

 

◆争点◆

 

今回の争点はまさしく請求人が労災保険法上の労働者であると認められるかどうかですが、労災保険法には労働者を定義する規定はありません。そこで、労災保険法の労働者と同義であると解される労働基準法第9条に規定する労働者(事業に使用される者で、賃金を支払われる者)に該当するか否か、この点について審査会は考察しました。なお、今回の請求人は取締役なので、取締役に対する労働者性を考える必要があるところ、行政解釈において「法人の取締役等の地位にあるものであっても、法令、定款等の規定に基づいて業務執行権を有すると認められる者以外の者で、業務執行権を有する取締役等の指揮、監督を受けて労働に従事し、その対償として賃金を得ている者は、原則として労働者として取り扱うこと」と定められていることから、「1.業務執行権の有無」、「2.指揮命令を受けて労働に従事しているかどうか」、「3.当該労働の対象として賃金を得ているかどうか」をポイントとして審査会は次のように検討していきました。

 

◆業務執行権の有無◆

 

「業務執行権の有無」を請求人の実態を通して審査会は以下のように判断しました。

 

1.会社法では、取締役会設置会社において業務執行権を有しているのは、代表取締役及び取締役会の決議で選定された者に限られると定められていると

  ころ、請求人が取締役会の決議で業務執行権を有する者として選定されたとは認められない。

 

2.本件疾病発症の6ヵ月前の平成26年8月から本件疾病を発症した平成27年2月に至るまで請求人は取締役会及び部長会議に出席していないことか

  ら、少なくとも平成26年8月以降、請求人は取締役としてもまた部門の長としても会社全体に係る重要な方針を決定する立場にはなかったものと認

  められる。

 

 

以上のことから、請求人は会社の業務執行権を有していなかったと審査会は判断しました。

 

◆指揮命令を受けて労働に従事しているかどうか◆

 

審査会は請求人の職務状況について指揮命令を受けていたか否かを以下のように判断しました。

 

1.請求人は取締役会には全く出席していなかったことから、取締役としての職務を行うことができる状況にはなかったものと認められる。

 

2.会社は請求人の権限は担当営業所にとどまることを認めている。

 

3.請求人と共に働いていた者の申述によると、請求人が各種食料品の入庫・仕分・出庫業務という現業業務に主として従事していたことが認められる。

 

4.請求人は会社Dセンターの所長であることから、同センターの収支管理について責任を有していたと認められるところ、平成26年10月以降の

  所長会議の議事録をみると、役付取締役であるL常務から、人材の確保、売上・経費の管理、損益管理等について指示がされて、示された課題に

  対しての回答を求められていた。

 

 

以上のことから、請求人は代表取締役や役付取締役からの指揮命令を受けて働いていたと審査会は判断しました。

 

◆報酬の労務対償性について◆

 

報酬の労務対償性については以下のように審査会は判断しました。

・請求人は主として現業業務に従事しており、取締役としての職務を執行する余地はなかったと認められることに鑑みれば、請求人が会社から得ていた

 報酬の名目は役員報酬であるが、その中には、労働の対価である賃金が含まれているものと認めることができる。

 

 

◆その他の要素◆

 

審査会は「その他の要素」として以下の点も挙げています。

 

1.請求人は、昭和58年に会社に労働者として採用され、その後平成11年に 会社の取締役に就任しているところ、その際、退職手続はとっていない

  ことから、請求人と会社との間の労働契約は、請求人の取締役就任により 終了していないというべきである。

 

2.取締役就任後も請求人は長年にわたって雇用保険の被保険者として扱われており、その資格喪失は、平成28年8月30日であったことが認められ、

  その間、雇用保険料が控除されていた。

 

◆結論◆

 

以上の全てのポイントを見ていけば、検討するまでもなく、請求人は、使用者から指揮命令を受けて労働に従事し、その労働の対価として賃金を得ており、労働基準法第9条に規定する労働者に該当すると認めることができるため、労働者に当たらないことを理由として行われた労働者災害補償保険法による休業補償給付を支給しない旨の処分は、これを取り消すと審査会は裁決しました。

 

◆最後に◆

 

労働者性については、社労士としていろいろな場面でアドバイスさせていただく機会があります。そのため、労働者性についての行政の解釈は非常に興味深いものがあり、詳細部分まで考察されているような裁決内容は読んでいて、「面白い」と感じました。取締役の労働者性を判断する上で挙げられた「1.業務執行権の有無」、「2.指揮命令を受けて労働に従事しているかどうか」、「3.当該労働の対象として賃金を得ているかどうか」というポイントは非常に参考になりました。次回も労災保険のこの労働者性を題材にしようかと思っていますが、裁決集の中から労働者性が認められた3/56を題材にするのか、それとも認められなかった53/56を題材にするのか、とにかく面白そうな裁決集をご紹介したいと思います。

 

執筆者 岩澤

岩澤 健

岩澤 健 特定社会保険労務士

第1事業部 グループリーダー

社労士とは全く関係のない職を転々としておりましたが、最後に務めた会社が大野事務所の顧問先というご縁で入所することになりました。それからは、何もわからないまま全力で目の前の仕事に励んできました。
入所してから十数年、現在では「無理せず、楽しく、元気よく」をモットーに日々の業務と向き合っています。

数年前から、子供と一緒に始めた空手にドはまりしており、50歳までに黒帯になるという野望があります。
押忍!!

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