有期雇用者に対する更新上限の設定と60歳定年を考える
代表社員の野田です。2024年(令和6年)4月より労働条件の明示ルールが変更されます。有期雇用者に対する明示事項として「更新上限の有無と内容」が新たに追加されることから、3年、5年などの契約期間の上限を設定している企業では「更新上限あり、通算契約期間5年まで」などと明示する必要がありますので、今回は有期雇用者に対する更新上限の設定について考えます。
〇更新上限の意味合い
有期雇用者に対する更新期間の上限を2年、3年、5年などと設定している企業が多いと思いますが、7年、10年などと設定することはどうでしょうか。7年、10年などとすることの懸念事項として無期転換申込権の行使が挙げられます。
契約当初から10年上限としたなかで無期転換した方が発生した場合、無期契約と上限期間とに矛盾が生じます。この点について複数の労働局に確認したところ「無期転換権は法的な権利であり、これを覆すような契約内容、上限期間の設定は無効である」というような回答を得ました。更に、5年上限さえも無期転換申込権を阻害する目的で設定しているとなれば、これも無効になる可能性があるとのことでした。5年上限の有効性に関する裁判例(公益社団法人グリーントラストうつのみや事件)では、「無期転換権の発生を回避するために更新を拒絶したとしても、それ自体は格別不合理な行為ではない」として無効とはしませんでしたが、別の裁判例(高知県公立大学法人事件)では、法を潜脱するかのような雇止めは是認できない旨、述べています。
これらを踏まえ個人的には、能力や適格性を判断する目的で2~3年の上限を設定することは有効になるものと考えますが、5年を含めた更新上限の設定について今後の裁判等の動向を見守りたいと思います。
〇有期雇用者の60歳定年規定の意味合い
過去(2021年5月26日)に「非正規社員の60歳定年制とは」と題したコラム記事を掲載しましたが、今一度、この問題について取り上げたいと思います。
非正規社員の60歳定年制とは | 「社会保険労務士法人 大野事務所」:労務監査をはじめ人事・労務制度の設計、運用をトータルサポート (ohno-jimusho.co.jp)
更新期間の上限設定と似たところがありますが、無期転換した方(例えば58歳で無期転換を申し出た方)を、60歳の定年規定を根拠に有期契約に戻すことが可能なのか、不合理ではないかということです。
この点についても労働局に尋ねてみましたが、「裁判等で争った場合には60歳定年規定は無効と判断されるのではないか」ということでした。行政としては「非正規社員就業規則において60歳定年、その後1年契約で65歳まで再雇用とするといった内容の就業規則について、違法と判断し受理しないといった対応はしないものの、受理したことをもって法的有効性が担保された訳ではないことをご理解頂きたい」とのことです。また、「定年再雇用者を62歳の期間満了時に更新しないとした場合、それは期間満了の事案ではなく解雇事案として、解雇の有効性を争うものになるはず」ともおっしゃっていました。以前はこの点について行政見解を求めても、歯切れの悪い、議論のかみ合わない回答だったのですが、現在は明確に回答されるようになっています。
なお、定年制は無期雇用者に適用される規定であるところ、有期雇用者にも適用できるものと誤解されている印象を強く持ちます。
非正規社員就業規則において65歳定年を規定していても、それは無期雇用者に限定して適用されるため、有期雇用での65歳到達者を雇止めする直接的な規定・根拠にはなりません。一方、65歳の更新上限年齢を規定していても、それは無期雇用者には適用されませんので、今一度、非正規社員就業規則の定年および更新上限年齢に関する条文をご確認ください。
有期雇用者に「更新上限年齢」を設定することについて、直接的にそれを許容または禁止する法令はありませんが、高齢者雇用安定法に抵触することがなければ年齢を理由とした上限設定は不合理ではなく有効であると考えますので、非正規社員において有期・無期の両者が存在するのであれば、「無期雇用者のための65歳定年」および「有期雇用者のための65歳更新上限」のいずれも規定しておくことが良いと考えます。
〇65歳への定年延長の留意点
有期雇用者の60歳定年の話になりましたので、少しだけ正社員の定年制について触れておきます。
令和5年の「高年齢者雇用状況等報告」の集計結果を見ても、65歳以上の定年制(定年廃止を含む)を導入している企業は30.8%となっています。少しずつ増えているとはいうものの、未だ7割の企業が60歳定年・再雇用制を導入している状況です。
ある企業様から、65歳への定年延長に関するご相談を受けるなかで気になったことですが、これまで60歳定年・再雇用時に給与を7割に減額していたことから、65歳に定年延長した場合も同様に、60歳到達時に賃金を3割減額するという内容でした。60歳到達後も無期のフルタイムであることから、確かにパート有期法の適用はありませんが、60歳到達を理由とした3割減額は不合理ではないのでしょうか。大抵は60歳到達を機に職務内容や勤務地を限定されると思われますが、それまでと変わりない労働条件で賃金だけ減額する企業も少なからず存在しており、不利益変更で争うものと考えます。また企業によっては、60歳前とは異なる賃金テーブルを60歳以降適用するといった制度設計にされているようですが、その有効性については何とも言えず、こちらについても裁判等の動向を見守りたいところです。
以上となります。
執筆者:野田
野田 好伸 特定社会保険労務士
代表社員
コンサルタントになりたいという漠然とした想いがありましたが、大学で法律を専攻していたこともあり、士業に興味を持ち始めました。学生時代のバイト先からご紹介頂いた縁で社労士事務所に就職し、今に至っています。
現在はアドバイザーとして活動しておりますが、法律や制度解説に留まるのではなく、自身の見解をしっかりと伝えられる相談役であることを心掛け、日々の業務に励んでおります。
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