審査請求制度の概説①
こんにちは。大野事務所の岩澤です。
私の掲載も今回で5回目になりました。節目というには少し早いですが、今回は裁決のご紹介ではなく、審査請求制度の概説を行いたいと思います。今まで審査請求の各論である裁決の内容をご紹介してきましたが、制度についての概論を説明せねばと、もやもやとしていましたので、今回から複数回に分けて、このもやもやを解消していきたいと思います。なお、今回は、審査請求制度の概説の概説というような位置づけとなりますので、少々堅苦しい内容となることをご了承ください。
◆審査請求制度とは◆
審査請求制度(不服申し立て制度)とは、国民が行政庁による公権力の行使(処分)について、行政機関に対して不服を申し立てる手続きであり、処分がなされた後の事後手続きということになります。違法、不当な行政処分により国民の権利利益が侵害された場合に、簡易迅速かつ公正にその是正とその国民の救済を図ることを目的としています。
◆審査請求制度における一般法と特別法◆
ところで、法律には一般法と特別法という分類がありますが、法律の適用対象が一定の範囲に限られている場合には、その法律を「特別法」といい、そのような限定がなく全般的かつ一般的に規律する法律を「一般法」といいます。労働基準法が「特別法」で民法が「一般法」という関係性はどこかで聞いたことがあるのではないでしょうか。なお、特別法は一般法に優先し、一般法と特別法とで法が異なった規律を定めている場合、特別法の適用を受ける事象は一般法の規律が排除され、特別法の規律が適用されます。
審査請求制度においても、一般法と特別法の関係性があります。これまでのコラムで私がご紹介してきた社会保険審査請求制度は特別法としての立場に立っており、これに対して行政処分についての不服申し立ての一般法として「行政不服審査法」(行審法)が位置付けられています。健康保険法、国民年金法及び厚生年金保険法等に定められた、審査請求、再審査請求に対する規定は審査請求制度の特別法として機能しており、各法に定められた規定はその規定の限度において行政不服審査法の適用が排除されることになります。そして、特別の定めのない事項については、行政不服審査法によることになります。なお、社会保険審査請求制度を具体的かつ詳細に定めている「社会保険審査官及び社会保険審査会法」という法律もあり、こちらも特別法として位置づけられています。
労働保険の分野においても、労働保険審査請求制度が特別法としての立場に立っており、労働者災害補償保険法、雇用保険法に定められた審査請求、再審査請求についての規定が特別法として機能しています。労働保険審査請求制度においても社会保険と同様に「労働保険審査官及び労働保険審査会法」という法律もあります。(以下、社会保険審査官及び社会保険審査会法と労働保険審査官及び労働保険審査会法の両法を総称して「審査官及び審査会法」と呼びます。)
◆行審法と審査官及び審査会法の関係◆
行審法と審査官及び審査会法は一般法と特別法の関係であると前述しましたが、具体的にどの部分に特別法としての適用があるのでしょうか。
まず前提として、健康保険法、厚生年金保険法等、雇用保険法、労働者災害補償保険法の条文において、行審法の審査請求(第二章)及び再審査請求(第四章)の部分が適用除外であると定められ、さらに特定の処分については審査官及び審査会に審査請求等ができると定められています。そして、行審法の審査請求(第二章)及び再審査請求(第四章)の部分に代わる具体的な定めを審査官及び審査会法において定めています。つまり、特別法の適用があるのは審査請求と再審査請求の部分であり、その他の部分(総則や不服申し立て一般等)については一般法である行審法の適用となっています。審査請求制度の目的などは総則の章なので行審法に定められているということになります。社会保険、労働保険の審査請求制度が特別にもうけられた理由は、両保険制度の処分の内容が専門的な性格を有し、できる限り制度に習熟している行政内部の機関によって迅速かつ簡易に違法又は不当な処分を是正し、具体的で妥当な解決を求めようとする点にあります。また、処分も大量に行われるので、行政の統一性を確保するという目的もあります。
社会保険、労働保険における審査請求制度の一般法と特別法の法令関係を図にまとめてみましたので、参考にしてください。
◆行審法と審査官及び審査会法の相違点◆
行審法での定めと審査官及び審査会法での定めの主な相違点をまとめました。
<審査請求等(不服申し立て)を審査する機関>
行審法では一般的かつ抽象的な表現により審査する機関を「審査庁」と定めていますが、審査官及び審査会法では第一審は審査官、第二審は審査会と明確に定められています。さらに、審査官および審査会とはどのようなものなのかという具体的な定めもされています。
<二審制であること>
行審法では原則一審制であり、審査庁への審査請求で終了します。これに対して、審査官及び審査会法は審査官への審査請求、審査会への再審査請求の二審制で定められています。なお、行審法においても再審査請求の規定はありますが、この規定では、再審査請求は特別法の定めがある場合に限りすることができると定められています。
<審査請求が可能な期間>
原則的な審査請求可能期間は「処分があったことを知った日の翌日から起算して3ヵ月」であり、行審法と審査官及び審査会法とで共通していますが、「処分があった日の翌日から起算する可能期間」は「行審法では1年」、「社会保険審査官及び社会保険審査会法では2年(資格、標準報酬に関する処分に限る)」、労働保険審査官及び労働保険審査会法では規定なし」と相違があります。
再審査請求期間については処分があったことを知った日の翌日から起算して「行審法では1ヵ月」、「審査官及び審査会法では2ヵ月」と相違があります。
※行審法の再審査請求は特別法の定めが必要となっていますが、請求可能期間をはじめいくつかの一般的な事項については行審法自体にも規定されています。
◆審査請求と訴訟との関係◆
社会保険、労働保険の審査請求制度では、特定の行政処分の不服申し立てに対しては第一審の審査請求に対する決定を経た後でなければ、裁判所へ訴えを提起することはできません。これを審査請求前置主義といいます。これに対して、一般法である行審法ではこのような定めはなく、審査庁へ審査請求するか直ちに裁判所へ訴えを提起するかは、自由に選択ができるものとなっています。したがって、社会保険、労働保険の審査請求制度で定められている特定の処分は、審査請求の決定を経た後でなければ裁判所へ訴えを提起することはできませんが、他方、社会保険、労働保険関連であっても特別法の適用を受けない処分であれば、直接裁判所に訴えを提起することは可能となります。
◆裁決(決定)の種類◆
最後に行審法と審査官及び審査会法に共通している事項として、裁決(決定)の種類について用語の解説をします。
認容裁決・・・審査請求を認容した裁決という意味。審査請求に係る処分が違法又は不当であるとして審査庁(審査官または審査会)が、審査請求の主張を認め、審査請求に係る処分の全部または一部の取り消しあるいは変更をする裁決。
棄却裁決・・・「棄却」とは審査請求に係る処分を是認したことを意味する。審査請求に係る処分に違法又は不当な部分はなく、審査請求に理由がないとして、審査請求を退ける裁決。
却下裁決・・・「却下」とは審査請求自体が不適法であり、審理を拒絶する判断をした裁決。不適法な審査請求の例示としては、「審査請求期間経過後にされた審査請求」、「審査請求ができない事項についての審査請求」、「審査請求する資格がない者がした審査請求」、「補正命令に応じなかった場合」などが挙げられる。
事情裁決・・・審査請求自体は認容できるが、公共の福祉の観点から当該審査請求を棄却する裁決。
以上、社会保険、労働保険の審査請求制度とその屋台骨となっている一般法である行審法との関係性から出発したく、このように展開した概説の概説でした。
次回は社会保険審査請求制度の概説をしていきたいと思います。
執筆者 岩澤
岩澤 健 特定社会保険労務士
第1事業部 グループリーダー
社労士とは全く関係のない職を転々としておりましたが、最後に務めた会社が大野事務所の顧問先というご縁で入所することになりました。それからは、何もわからないまま全力で目の前の仕事に励んできました。
入所してから十数年、現在では「無理せず、楽しく、元気よく」をモットーに日々の業務と向き合っています。
数年前から、子供と一緒に始めた空手にドはまりしており、50歳までに黒帯になるという野望があります。
押忍!!
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