TOP大野事務所コラムフレックスタイム制における不足時間の繰越

フレックスタイム制における不足時間の繰越

こんにちは。大野事務所の高田です。

 

今回も、労務診断において直面した事例をご紹介します。
フレックスタイム制における労働時間の不足時の取扱いに関して、偶然にもまったく別個の2つの企業様(いずれも大企業)で同じようなルールが設けられており、同じようにご指摘することとなったという事例です。

 

1.A社様の事例

 

「別個の2つの企業様で」と書きましたが、両社ではほぼ同じようなルールが設けられていましたので、一方を代表して「A社様」としてご紹介します。A社様では、フレックスタイム制における一清算期間の労働時間が不足した場合に、次のようなルールを定めていました。

 

  • 不足が発生した場合は、翌清算期間の総労働時間に繰り越して上積みする
  • 上積み可能なのは、50時間までとする
  • 不足が50時間を超過した場合は、超過した部分は速やかに清算(賃金控除)する
  • 不足が50時間を超過しない部分は、不足を解消するまでずっと繰り越され、本人が退職する場合や、異動や配置転換によりフレックスタイム制を解除する場合には、不足時間のすべてを清算(賃金控除)する

 

2.何が問題なのか

 

不足時間の繰越については、通達(昭和63.1.1基発第1号)によって次のとおり示されています。

 

「清算期間における実際の労働時間に不足があった場合に、総労働時間として定められた時間分の賃金はその期間の賃金支払日に支払うが、それに達しない時間分を、次の清算期間(※1)中の総労働時間に上積みして労働させることは、法定労働時間の総枠の範囲内(※2)である限り、その清算期間においては実際の労働時間に対する賃金よりも多く賃金を支払い、次の清算期間でその分の賃金の過払を清算するものと考えられ、法第24条に違反するものではない(※3)こと。」

 

(※)は筆者が加えたものになります。まさにこれら3つの箇所がポイントです。

 

(※1)次の清算期間

 

上積みすることができるのは「次の清算期間」に限られていますので、たとえば20時間の不足が生じた場合において、10時間は翌清算期間に、残りの10時間は翌々清算期間にといった具合に、予め分割して上積みすることは認められていません。なお、次の清算期間に上積みした結果、それでも不足が解消しなかった場合に、さらにその次の清算期間に繰り越して上積みしてよいかどうかも気になるポイントですが、この点については、概ね問題ないというのが当方の見解です。「概ね」と書いたのは、実はこの点について複数の労働基準監督署に確認したところ、「明確に禁止とする根拠はないものの、制度趣旨に鑑みて好ましくないため、繰越は1回のみとし、それで不足が解消しない場合は速やかに清算すべし」との見解が、1箇所のみならずあったということによります。

 

(※2)法定労働時間の総枠の範囲内

 

法定労働時間の総枠というのは、31日の月は177.14時間、30日の月は171.42時間、といった毎度お馴染みの時間のことです。これは、「任意の期間における、1週間当たり40時間を超えない時間」を算出したものであり、「40÷7×任意の期間の暦日数」で求めます。

 

A社様では、50時間まで翌清算期間への上積みが可能としていましたが、A社様の1日の標準労働時間は7.5時間ですので、1ヶ月の所定労働日数を概ね20日として考えると、清算期間全体の総労働時間は毎月150時間前後になることから、これに対して50時間もの上積みが可能なケースはほぼ存在しません。実際、A社様では、上積み可能であるのは「法定労働時間の総枠の範囲内に限られている」ことが認識されていなかったため、このようなルールが設けられていたわけです。

 

正しくは、とある清算期間で50時間の不足が生じた場合、その次の清算期間の総労働時間が当初150時間である場合には、その月の暦日数に応じて、31日の月:27.14時間、30日の月:21.42時間、29日の月:15.71時間、28日の月:10時間が上積みの上限となり、当該上限を超える時間は速やかに清算(賃金控除)する必要があるということです。

 

(※3)法第24条に違反するものではない

 

法(労働基準法)第24条というのは、賃金全額払いの原則を指しています。前掲通達は、不足時間を繰り越した場合に、原則通りに不足時間を清算した場合と比較して賃金が減るわけではないので、問題ないとの趣旨であろうと解されます。ところが、A社様のように、法定労働時間ではなく、会社が定めた総労働時間(1日7.5時間×所定労働日数。たとえば150時間。)を超過した部分から割増賃金を支払っている場合はどうでしょうか。

 

この点については、下の【図】をご覧頂いた方が早いのですが、上積みした時間に対して割増(0.25)をしないと、不足時間の繰越を行わない原則通りの取扱いと比較して、労働者にとって不利になってしまっていることがお分かり頂けるかと思います。A社様においても、不足時間の繰越ルールを導入した背景には、一清算期間において不足が生じても、直ちに賃金控除するのではなく、翌月以降で挽回するチャンスを与えようとの便宜を図る狙いがあったものと思いますが、上積みした時間に対して所定の割増部分を支払わないと、労働者にとってはかえって有難くない制度になってしまうということです。

 

 

ということで、A社様においては、不足時間の翌清算期間への繰越を行う場合には、まずは法定労働時間の総枠の範囲内に限ることとした上で、さらに、上積みした時間を実際に労働した場合には、0.25の割増部分を追加支給するのが妥当との結論になりました。

 

3.実際の運用は煩雑を極める

 

以上のような複雑な運用が、実際問題として可能なのでしょうか。
人数の少ない企業で、1人ずつ個別に確認するつもりであればまだしも、A社様のような大企業においては、システム対応しなければ実運用は不可能に等しいといえます。そもそも、不足が生じた場合には相応分を賃金控除するのが本来の取扱いであることに鑑みれば、そこまで苦労して繰越にこだわる必要があるのか?と個人的には考えてしまいます。ですので、筆者自身の顧問先様からフレックスタイム制の導入についてご相談を受けることがあった場合には、この不足時間の繰越については、運用が非常に煩雑になるためやめておいた方がよいとご助言させて頂くと思います。

 

4.補足:超過時間の繰越はできない

 

今回は一清算期間の労働時間に不足があった場合の話をしていますが、逆に労働時間が超過した場合に、超過した時間分の割増賃金を支払わず、次の清算期間の総労働時間を減じることで相殺が可能かどうかについては、これは明らかに労働基準法第24条の全額払いの原則に反するため、できないとの回答になります。この点、前掲通達にも明確に書かれていますので、気になる方は是非通達本文をご覧になってみてください。

 

執筆者:高田

高田 弘人

高田 弘人 特定社会保険労務士

パートナー社員

岐阜県出身。一橋大学経済学部卒業。
大野事務所に入所するまでの約10年間、民間企業の人事労務部門に勤務していました。そのときの経験を基に、企業の人事労務担当者の目線で物事を考えることを大切にしています。クライアントが何を望み、何をお求めになっているのかを常に考え、ご満足いただけるサービスをご提供できる社労士でありたいと思っています。

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