同一傷病による傷病手当金
こんにちは。大野事務所の岩澤です。
今回は傷病手当金の同一傷病を争った裁決をご紹介したいと思いますが、この手の裁決例、本当に多いです!
ですので、今回は、1つの裁決のみを取り扱うのではなく、せっかくですから裁決を8つほどご紹介したいと思います。
ただし、紙幅の都合上、一つ一つの裁決の内容をすべてご紹介するのではなく、共通している内容はまとめて解説させていただき、8つご紹介させていただくのは裁決のポイントとなる部分に絞ります。
それでは、まず、8つの裁決に共通する事案の概要を解説いたします。
≪事案の概要≫
請求人は過去に私傷病(先発傷病)により労務不能となり、傷病手当金の支給を受けていました。(当該傷病手当金は支給期間の限度に到達し支給終了。)その後、請求人は一定の期間、労務が可能となり就労をしていましたが、再度私傷病(後発傷病)により労務不能になり、傷病手当金を請求したところ、先発傷病と後発傷病は同一傷病と認められ、先発傷病は既に支給限度に達し終了しているため、後発傷病による傷病手当金は不支給処分となりました。請求人は当該処分を不服として社会保険審査官に対する審査請求を経て、社会保険審査会に対し、再審査請求をしました。
8つの裁決はすべてこのパターンです。図解すると(図1)のとおりとなります。
傷病手当金は一つの傷病につき、通算して1年6ヵ月の支給期間を超えて支給されることはありません。このため、(図1)のように後発傷病が先発傷病から症状が継続している同一の傷病とみなされると、後発傷病にかかる傷病手当金は支給されません。
次に、8つの裁決に共通する争点を解説いたします。
≪争点≫
(図1)のような場合でも、先発傷病が「治癒」していると判断されれば、再発した後発傷病は同一傷病ではなく別の傷病として新たな傷病手当金の請求が可能となり、支給期間もリセットされ1年6ヵ月が再設定されます。
したがって、8つの裁決に共通した争点は、「先発傷病が治癒しているか否か」ということになります。
ただし、審査請求されるような事案については、医学的に治癒しているか否かを容易に判定できるような傷病は扱われず、むしろ「医学的」には治癒していない傷病、そして「医学的」には先発傷病と後発傷病は同一傷病とみなされるような傷病が扱われます。具体的には、「精神疾患等の回復と悪化を繰り返すような傷病」、「治癒しない難治性の傷病」、「合併して存在しうる傷病(先発傷病が発症した際に、既に後発傷病の症状の一部が存在している場合)」などであり、今回ご紹介させていただく傷病もこれらに該当してきます。
ここまでの説明を受けて、「そもそも治癒しないような傷病に対して、治癒しているか否かを争うこととはどういうこと?」と、疑問に思われる方もいらっしゃるのではないでしょうか。一見すると争う余地はないように思われますが、これら医学的な治癒の判断が難しい傷病については、社会保険の運用上の解釈である「社会的治癒」という考え方が適用されます。「社会的治癒」とは、その傷病について医療(予防的医療は除く)を行う必要がなくなり、相当の期間、通常の勤務に服している場合に、治癒と同様に扱うというものです。
したがって、今回の争点をより具体的に掘り下げると、先発傷病が「社会的治癒」に該当しているか否かということになります。(図2参照)
≪裁決例≫
それでは、8つの裁決の要点を絞ってご紹介します。まず、事案の傷病名(先発傷病と後発傷病)、それから、審査会が判断した先発傷病と後発傷病の医学的な関係性、最後に先発傷病が回復してから、後発傷病が再度発症するまでの期間(先発傷病が社会的治癒しているかを判定する期間)における、請求人の具体的な状況をまとめました。この期間の状況が今回の裁決の肝となり、当該状況から社会的治癒を審査会が認めれば、不支給処分は取り消され、反対に、社会的治癒が認められなければ、不支給処分はそのままということになります。
※ちなみに、裁決集では先発傷病のことを「既決傷病」、後発傷病のことは「本件請求傷病」と呼んでいます。
≪8つの裁決例≫
≪私の感想及び考察≫
8つの裁決例を並べてみると、社会的治癒の判定の最大のポイントは、先発傷病が回復してから後発傷病が再度発症するまでの期間の「治療状況」であると言えます。この期間、安定的に就労していたとしても、予防的範疇を超える治療を受けている場合は、社会的治癒が否定されています。取り上げたすべての裁決例でこの点が重視されています。
精神疾患により私傷病休職に入るケースが増加している昨今、傷病手当金の実務において同一傷病の問題は、今後、増えてくると思われます。そんな時にこの「社会的治癒」について頭の片隅に入れて置くと役に立つ時があるかもしれません。
執筆者 岩澤
岩澤 健 特定社会保険労務士
第1事業部 グループリーダー
社労士とは全く関係のない職を転々としておりましたが、最後に務めた会社が大野事務所の顧問先というご縁で入所することになりました。それからは、何もわからないまま全力で目の前の仕事に励んできました。
入所してから十数年、現在では「無理せず、楽しく、元気よく」をモットーに日々の業務と向き合っています。
数年前から、子供と一緒に始めた空手にドはまりしており、50歳までに黒帯になるという野望があります。
押忍!!
過去のニュース
ニュースリリース
- 2024.12.02 ニュース
- 【急募!正規職員・契約職員・パート職員】リクルート情報
- 2024.12.25 大野事務所コラム
- 来年はもっと
- 2024.12.20 ニュース
- 書籍を刊行しました
- 2024.12.20 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【労働条件の不利益変更】
- 2024.12.20 ニュース
- 年末年始休業のお知らせ
- 2024.12.18 大野事務所コラム
- 【通勤災害】通勤経路上にないガソリンスタンドに向かう際の被災
- 2024.12.11 大野事務所コラム
- 【賃金のデジタル払いの今と今後の広がりは?】
- 2024.12.09 ニュース
- 『workforce Biz』に寄稿しました【年次有給休暇の付与や取得等に関する基本的なルールと留意点(後編)】
- 2024.12.04 大野事務所コラム
- X.Y.Z―「人と人との関係性」から人事労務を考える㊲
- 2024.11.30 これまでの情報配信メール
- 令和6年12月2日以降は健康保険証が発行されなくなります・養育期間標準報酬月額特例申出書の添付書類の省略について
- 2024.11.27 大野事務所コラム
- 産前産後休業期間中の保険料免除制度は実に厄介
- 2024.11.20 大野事務所コラム
- 介護についての法改正動向
- 2024.11.14 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【未払い賃金請求権と時効期間】
- 2024.11.22 これまでの情報配信メール
- データでみる70歳以上の定年・継続雇用制度の導入効果と工夫、大野事務所モデル規程・協定一部改定のお知らせ
- 2024.11.12 これまでの情報配信メール
- 過重労働解消キャンペーン、2024年12月からの企業型DCおよびiDeCoの変更点について
- 2024.11.13 大野事務所コラム
- PRIDE指標をご存知ですか
- 2024.11.06 大野事務所コラム
- AIは事務所を救うのか?
- 2024.11.05 ニュース
- 『workforce Biz』に寄稿しました【年次有給休暇の付与や取得等に関する基本的なルールと留意点(中編)】
- 2024.10.31 これまでの情報配信メール
- 賃金のデジタル払い、令和7年3月31日高年齢者雇用確保措置における経過措置期間の終了について
- 2024.10.30 大野事務所コラム
- 通勤災害における通勤とは③
- 2024.10.23 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【職場や外出先への移動時間は労働時間に該当するか】
- 2024.10.23 これまでの情報配信メール
- 令和6年年末調整における定額減税に関する事務・簡易な扶養控除等申告書について
- 2024.10.16 大野事務所コラム
- 本当に「かぶ」は抜けるのか―「人と人との関係性」から人事労務を考える㊱
- 2024.10.11 これまでの情報配信メール
- 令和6年版労働経済の分析(労働経済白書)について
- 2024.10.09 大野事務所コラム
- 労働者死傷病報告等の電子申請義務化について
- 2024.10.04 ニュース
- 『workforce Biz』に寄稿しました【年次有給休暇の付与や取得等に関する基本的なルールと留意点(前編)】
- 2024.10.02 これまでの情報配信メール
- 労働者死傷病報告の報告事項改正及び電子申請義務化について
- 2024.10.02 大野事務所コラム
- 女性活躍推進法の改正動向
- 2024.09.26 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【社会保険の適用が拡大されます】
- 2024.09.25 大野事務所コラム
- 社会保険の同月得喪と2以上勤務を考える
- 2024.09.18 大野事務所コラム
- 理想のチーム
- 2024.09.11 大野事務所コラム
- 通勤災害における通勤とは②
- 2024.09.11 これまでの情報配信メール
- 令和6年度地域別最低賃金額の改定状況について・大規模地震の発生に伴う帰宅困難者等対策のガイドラインについて
- 2024.09.04 大野事務所コラム
- フレックスタイム制適用時における年次有給休暇の時間単位取得と子の看護休暇・介護休暇の時間単位取得
- 2024.10.23 大野事務所コラム
- 在籍出向者を受け入れる際の労働条件の明示は出向元・出向先のいずれが行うのか?
- 2024.08.31 これまでの情報配信メール
- 「健康保険資格情報のお知らせ及び加入者情報」の送付、マイナンバーカードの健康保険証利用について
- 2024.08.21 これまでの情報配信メール
- 雇用保険基本手当日額および高年齢雇用継続給付等の支給限度額変更・令和7年4月1日以降の高年齢雇用継続給付の段階的縮小について
- 2024.08.21 大野事務所コラム
- ライフプラン手当のDC掛金部分を欠勤控除の計算基礎に含めてよいのか?
- 2024.08.15 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【減給の制裁における労働基準法の制限】
- 2024.08.10 これまでの情報配信メール
- 雇用の分野における障害者の差別禁止・合理的配慮の提供義務に係る相談等実績について等
- 2024.08.07 大野事務所コラム
- 1か月単位の変形労働時間制における時間外労働の清算