所定労働時間が長い日に年休を請求したら1.5日分?
こんにちは。大野事務所の高田です。
今回の内容は、とある企業様(以下「A社様」)の労務診断において実際に直面した事例です。
変形労働時間制によって所定労働時間が長い日に年次有給休暇(以下「年休」)を請求した場合に、1日分よりも多く(たとえば1.5日分や2日分)請求したことにできるか?という問題です。
1.A社様の事例
A社様は製造業であり、通常の日勤制の他に交替制勤務を採用しています。日勤制では、1日の所定労働時間は8時間、かつ月曜から金曜までの週5日勤務(1週40時間)であるのに対して、交替制では、8時間の日と12時間の日とが交互に来るパターンとし、週4日勤務で計40時間になるようにシフトが組まれます。
勤務日数の比較では、日勤制は週5日、交替制は週4日と異なっているものの、労働時間はいずれも週40時間で同じです。そこで、A社様では、交替制勤務者が12時間の所定労働時間の日(上図では火曜と金曜)に勤務した場合は、1.5日分の勤務としてカウントすることにしました。こうすれば、交替制の1週間の労働日数が、数字の上では日勤制と同じ5日(1日×2+1.5日×2)となりますので、両者の月間や年間の勤務日数を概ね揃えることができ、労務管理上何かと都合が良いとの計らいでした。
2.労働日は原則として暦日計算すべきである
このように、所定労働時間が12時間の日を勤務した場合に勤務日数を1.5日でカウントすること自体に実質的な違法性はないと思いますが、それでは、その日に年休を請求した場合にも1.5日分としてカウントすることは問題ないのでしょうか?実際、A社様では、交替制勤務者が12時間の所定労働時間の日に年休を請求した場合は、1.5日分を請求したものとして取り扱っていました。
この点、通達(昭和26.9.26基収3964号、昭和63.3.14基発150号)によれば、「労働日」は暦日単位で計算するのが原則ですので、年休を請求した場合においても、1暦日中の1勤務については1日分を請求したものとして取り扱わなければなりません。通常の日勤制においてはごく当たり前の話ですが、変形労働時間制によって1日の所定労働時間の長短が変動する場合であっても、1暦日における1勤務は常に1日としてカウントすることになります。A社様の例のように、12時間の日が8時間の日の1.5倍の長さだからといって、1.5日分でカウントすることはできないということです。
3.夜勤によって2暦日にまたがる場合
さて、この話にはもう少し続きがありまして、実は、【図】の金曜の12時間は、18時から翌日7時(休憩を含む)にまたがる夜勤シフトになっており、この場合は2暦日にまたがっていますので、こちらは1.5日分あるいは2日分でカウントしても差し支えないのか?というさらなる疑問点がありました。実際問題、A社様としては、従来は昼勤と夜勤のいずれも12時間シフトの日を1.5日分としてカウントしていた都合上、昼勤を1日分としてカウントしなければならないのであれば、反対に夜勤は2日分としてカウントすることによって帳尻を合わせたいとのことでした。
この点、前掲の通達においては、「労働日は原則として暦日計算によるべきものであるから、一昼夜交替制の如き場合においては、1勤務を2労働日として取扱うべきである。」との考え方が示されています。一方、所定労働時間が特に長く設定されているわけでもない、たとえば8時間3交替制の夜勤の日にこの考え方を適用すると著しく不合理な結果になりますので、同通達では、「交替制における2日にわたる1勤務及び常夜勤勤務者の1勤務については、当該勤務時間を含む継続24時間を1労働日として取扱って差支えない。」との考え方も合わせて示されているところです。
さて、この「1労働日として取扱って差支えない」という表現が、また厄介な代物だと感じます。普通に考えれば、企業側からすれば2日分の年休として取り扱いたいわけですので、「2日分請求したことにしてよいですか?」との問いに対して、「1日分でもよいですよ」では、明解な回答になっていません。実は、この部分の解釈について幾つかの労働基準監督署に確認したところ、「1日分として取り扱わなければならないとの趣旨である」との見解を述べられた監督官もいらっしゃいましたが、筆者が習った日本語では、「~しても差し支えない」と言われた場合は、「~しなければならない」との意味には捉えません。ということで、根が素直な筆者としては、この通達を文字通りに解釈することとしました。
実際問題として、A社様のケースにおいても、夜勤の12時間の日を2日分としてカウントすることが著しく不合理かどうかが重要なポイントだと思いますが、通常の日の8時間に対して12時間は相応に長い時間となっていますし、深夜0時を挟んで前の日が6時間、後ろの日が6時間(深夜0時~1時は休憩時間)と設定されていますので、これを2日分として取り扱うことが著しく不合理であるとまではいえないのではないかと判断しました。ただ、このように夜勤の日の年休のみ2日分でカウントすることになると、夜勤の日に年休を請求することのハードルが上がってしまうという問題はありますが、このことは法律上の問題とは別問題ですので、この点については議論しないこととします。
さて、弊所が労務診断を実施すると、今回のA社様の事例のように、会社様ではこれまで当たり前のように長年運用してきたルールが、実は違法な取り扱いであったという場面にしばしば遭遇します。年休の取り扱いは、何かしらの違反が見つかることの多い分野ですし、我々が企業様の就業規則を診断する際には、特に注意を払って確認する部分の1つに挙げられます。
執筆者:高田
高田 弘人 特定社会保険労務士
パートナー社員
岐阜県出身。一橋大学経済学部卒業。
大野事務所に入所するまでの約10年間、民間企業の人事労務部門に勤務していました。そのときの経験を基に、企業の人事労務担当者の目線で物事を考えることを大切にしています。クライアントが何を望み、何をお求めになっているのかを常に考え、ご満足いただけるサービスをご提供できる社労士でありたいと思っています。
過去のニュース
ニュースリリース
- 2024.12.02 ニュース
- 【急募!正規職員・契約職員・パート職員】リクルート情報
- 2024.12.25 大野事務所コラム
- 来年はもっと
- 2024.12.20 ニュース
- 書籍を刊行しました
- 2024.12.20 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【労働条件の不利益変更】
- 2024.12.20 ニュース
- 年末年始休業のお知らせ
- 2024.12.18 大野事務所コラム
- 【通勤災害】通勤経路上にないガソリンスタンドに向かう際の被災
- 2024.12.11 大野事務所コラム
- 【賃金のデジタル払いの今と今後の広がりは?】
- 2024.12.09 ニュース
- 『workforce Biz』に寄稿しました【年次有給休暇の付与や取得等に関する基本的なルールと留意点(後編)】
- 2024.12.04 大野事務所コラム
- X.Y.Z―「人と人との関係性」から人事労務を考える㊲
- 2024.11.30 これまでの情報配信メール
- 令和6年12月2日以降は健康保険証が発行されなくなります・養育期間標準報酬月額特例申出書の添付書類の省略について
- 2024.11.27 大野事務所コラム
- 産前産後休業期間中の保険料免除制度は実に厄介
- 2024.11.20 大野事務所コラム
- 介護についての法改正動向
- 2024.11.14 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【未払い賃金請求権と時効期間】
- 2024.11.22 これまでの情報配信メール
- データでみる70歳以上の定年・継続雇用制度の導入効果と工夫、大野事務所モデル規程・協定一部改定のお知らせ
- 2024.11.12 これまでの情報配信メール
- 過重労働解消キャンペーン、2024年12月からの企業型DCおよびiDeCoの変更点について
- 2024.11.13 大野事務所コラム
- PRIDE指標をご存知ですか
- 2024.11.06 大野事務所コラム
- AIは事務所を救うのか?
- 2024.11.05 ニュース
- 『workforce Biz』に寄稿しました【年次有給休暇の付与や取得等に関する基本的なルールと留意点(中編)】
- 2024.10.31 これまでの情報配信メール
- 賃金のデジタル払い、令和7年3月31日高年齢者雇用確保措置における経過措置期間の終了について
- 2024.10.30 大野事務所コラム
- 通勤災害における通勤とは③
- 2024.10.23 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【職場や外出先への移動時間は労働時間に該当するか】
- 2024.10.23 これまでの情報配信メール
- 令和6年年末調整における定額減税に関する事務・簡易な扶養控除等申告書について
- 2024.10.16 大野事務所コラム
- 本当に「かぶ」は抜けるのか―「人と人との関係性」から人事労務を考える㊱
- 2024.10.11 これまでの情報配信メール
- 令和6年版労働経済の分析(労働経済白書)について
- 2024.10.09 大野事務所コラム
- 労働者死傷病報告等の電子申請義務化について
- 2024.10.04 ニュース
- 『workforce Biz』に寄稿しました【年次有給休暇の付与や取得等に関する基本的なルールと留意点(前編)】
- 2024.10.02 これまでの情報配信メール
- 労働者死傷病報告の報告事項改正及び電子申請義務化について
- 2024.10.02 大野事務所コラム
- 女性活躍推進法の改正動向
- 2024.09.26 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【社会保険の適用が拡大されます】
- 2024.09.25 大野事務所コラム
- 社会保険の同月得喪と2以上勤務を考える
- 2024.09.18 大野事務所コラム
- 理想のチーム
- 2024.09.11 大野事務所コラム
- 通勤災害における通勤とは②
- 2024.09.11 これまでの情報配信メール
- 令和6年度地域別最低賃金額の改定状況について・大規模地震の発生に伴う帰宅困難者等対策のガイドラインについて
- 2024.09.04 大野事務所コラム
- フレックスタイム制適用時における年次有給休暇の時間単位取得と子の看護休暇・介護休暇の時間単位取得
- 2024.10.23 大野事務所コラム
- 在籍出向者を受け入れる際の労働条件の明示は出向元・出向先のいずれが行うのか?
- 2024.08.31 これまでの情報配信メール
- 「健康保険資格情報のお知らせ及び加入者情報」の送付、マイナンバーカードの健康保険証利用について
- 2024.08.21 これまでの情報配信メール
- 雇用保険基本手当日額および高年齢雇用継続給付等の支給限度額変更・令和7年4月1日以降の高年齢雇用継続給付の段階的縮小について
- 2024.08.21 大野事務所コラム
- ライフプラン手当のDC掛金部分を欠勤控除の計算基礎に含めてよいのか?
- 2024.08.15 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【減給の制裁における労働基準法の制限】
- 2024.08.10 これまでの情報配信メール
- 雇用の分野における障害者の差別禁止・合理的配慮の提供義務に係る相談等実績について等
- 2024.08.07 大野事務所コラム
- 1か月単位の変形労働時間制における時間外労働の清算