社会保険審査制度をご存じでしょうか?
今年からコラム担当の仲間入りをした岩澤と申します。
どうぞよろしくお願い致します。
突然ですが、皆様は社会保険審査制度をご存じでしょうか。
この制度は年金事務所や健康保険組合の決定等の処分に不服がある場合に、通常の裁判制度によらず社会保険審査官、または社会保険審査会という機関に簡易迅速に不服申し立てができるというものです。年金事務所等の処分に不服がある場合、まずは社会保険審査官に審査請求をし、その社会保険審査官の決定に不服がある場合には社会保険審査会に再審査請求をするというのが大まかな流れです。
不服申し立てができる人(請求人)は「社会保険の被保険者、事業主等」であり、不服申し立ての対象となる処分は「被保険者の資格、標準報酬、保険給付、保険料」とされています。再審査請求の結果については、社会保険審査会が何らかの答えを、「裁決」という形で示してくれます。(ちなみに、裁決の内容は「裁決集」として、誰でも閲覧可能です。本コラムの終わりに関連サイトを掲載いたします。)
この裁決の内容には事案の概要、事案の問題点、事案に対する社会保険審査会の判断がまとめられていて、社会保険上の取り扱いに対する見解が示され、実務をする上で非常に参考になります。
例えば、ある条件下の役員は社会保険上の被保険者に該当するのか否か、また特殊な月変についての解釈であったり、あるいは傷病手当金の条件である労務不能についての解釈であったり、そういったことがまとめられているのです。
私は以前から裁決の内容には注目しており、無数にある裁決の中には実務をする上で非常に有益な情報が眠っているように感じていました。ですが、裁決の文体が少々とっつきにくく、なかなか読み進めることはできませんでした。そんな中、コラム掲載という機会をいただき、テーマを考えている際に「この裁決集の要約を進めてみてはどうか」という考えが浮かびました。このテーマであれば、コラム掲載を通じて、私自身、裁決の内容の理解が深まりますし、読者の皆様へも裁決集をもう少し身近なものとしてご紹介できるかもしれないと、そんな淡い期待を抱いた次第です。
ということで、この先どう転んでいくかわかりませんが、当面の間、私のコラムでは、社会保険審査制度の「裁決集」を中心に採り上げていくことになりそうです。なお、労災関係や雇用保険関係を対象としている「労働保険審査制度」という同様の制度もありますので、こちらも射程に入れておきたいと考えています。
それでは、私が担当するコラムの記念すべき第一回目で取り上げる裁決をご紹介します。
少々古く平成18年9月29日裁決のもので、我々の業界では結構有名?な裁決となります。永年勤続者に支給する表彰金が社会保険上の賞与に該当するのか否かが審理されました。
◆永年勤続者に支給する表彰金は賞与に該当するのか?◆
≪事案の概要≫
~再審査請求までの流れ~
ある会社が社会保険事務所(現、年金事務所)の調査により、永年勤続者に支給している表彰金に対して賞与支払届の提出をしていないことを指摘されました。その指摘に従い賞与支払届を提出し標準賞与額の決定処分を受けたのですが、そのことを不服とし、社会保険審査官に対する審査請求を経て、社会保険審査会に再審査請求をしたというのが一連の流れとなります。請求人(ここでいう“ある会社”)は「当該表彰金は賞与には該当しない」と主張しました。
≪争点と照らし合わせる関係法令≫
今回の争点は当該永年勤続表彰金が社会保険上の賞与に該当しているかどうかです。では、社会保険上の賞与とはどのようなものなのでしょうか。これについて照らし合わせる関係法令と解釈は以下の通りです。
①厚生年金保険法第3条第1項第4号(賞与の定義)
賞与とは賃金、給料、俸給、手当、賞与その他いかなる名称であるかを問わず、労働者が「労働の対償」として受けるすべてのもののうち、3月を超える期間ごとに受けるものである。
②労働の対償について
①の条文中にある「労働の対償」という意味を掘り下げると、1)労働者が自己の労働を提供し、その対償とし受けるものであること、2)常時又は定期的に受け、労働者の通常の生計に充てられるものと解される。
≪永年勤続表彰金の内容≫
問題となっている表彰金は以下のような性質となっています。
①永年勤続者の表彰は、原則として会社の創立記念日に行い、下表のとおりに表彰金が支給される。
②当該表彰金は一定の勤続年数に達した場合に、労務の内容等に関わりなく一律に支給され、反対に一定の勤続年数に達しない場合には労働の実績があったとしても一律に支給されない。
③心身のリフレッシュを図ることを目的として5日間の永年勤続特別休暇が与えられ、表彰金は休暇付与に伴う資金援助が目的となっている。
以上の事実に基づき、最終的な判断がなされました。
≪社会保険審査会の事実に基づいた判断≫
まず、社会保険審査会は当該表彰金について以下の性質であるとまとめました。
①一定の勤続年数に達した者に対して労務の内容に関係なく一律に支給されている。
②永年勤続特別休暇の付与に伴う資金援助の性質をもつものである。
③支払われる金額は社会通念上いわゆるお祝い金の範囲は超えていない。
これらの内容から総合的な判断をした結果、当該表彰金は「労働者が労働の対償として受けるもの」、あるいは「労働者の通常の生計に充てられるもの」に該当するとは言えないとの結論に至りました。
更に、勤続年数10年ごとに区切って支給されているものであり、定期的であるといっても、このような長期間にわたるものまで「3月を超える期間ごとに受けるもの」として法第3条第1項第4号が含めているとは解し難いとの判断も下されました。
以上のことから、当該永年勤続表彰金は「労働者が労働の対償として受けるもの」、「労働者の通常の生計に充てられるもの」には該当せず、これを賞与として標準賞与額の決定をした原処分は取り消されるべきであると結論付けられました。
≪私の感想及び考察≫
この裁決が社会保険の報酬(賞与を含む)の該当性を判断する上で示した「労働者が労働の対償として受けるもの」、あるいは「労働者の通常の生計に充てられるもの」というポイントは、社会保険の実務をする上で役に立ちます。実際に顧問先様から、「こういう報酬(賞与)は社会保険の報酬になりますか」などのご質問をいただいたときなどは、上記ポイントを参考にご回答させていただいています。ただ、「労働者が労働の対償として受けるもの」、と「労働者の通常の生計に充てられるもの」の両方とも該当しない報酬はほとんど見たことがありません。今回ご紹介した永年勤続表彰金は非常に特殊な報酬であると言えます。
なお、世の中の永年勤続表彰金すべてが報酬に該当しないということではありません。例えば、支給条件に「一定以上の勤務成績」という基準を設けたりすると「労働の対償」としての要素が含まれてきます。あるいは、10年ごとではなく、これがもう少し短く、例えば3年ごとに支給されるようなものの場合、また結論も変わってくるのではないでしょうか。
それから似て非なる制度として、社内表彰者に対する「功労報奨金」がありますが、こちらは会社への功労が支給条件となっているので、労働の対償と判断され、社会保険上の報酬(賞与)に該当するものと解されています。
社会保険審査会|厚生労働省
裁決例一覧
https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/shinsa/syakai/05.html
労働保険審査会|厚生労働省
裁決事案一覧
https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/shinsa/roudou/saiketu-youshi/index.html
執筆者:岩澤
岩澤 健 特定社会保険労務士
第1事業部 グループリーダー
社労士とは全く関係のない職を転々としておりましたが、最後に務めた会社が大野事務所の顧問先というご縁で入所することになりました。それからは、何もわからないまま全力で目の前の仕事に励んできました。
入所してから十数年、現在では「無理せず、楽しく、元気よく」をモットーに日々の業務と向き合っています。
数年前から、子供と一緒に始めた空手にドはまりしており、50歳までに黒帯になるという野望があります。
押忍!!
過去のニュース
ニュースリリース
- 2024.08.22 ニュース
- 【正規職員・契約職員・パート職員募集】リクルート情報
- 2024.11.20 大野事務所コラム
- 介護についての法改正動向
- 2024.11.14 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【未払い賃金請求権と時効期間】
- 2024.11.12 これまでの情報配信メール
- 過重労働解消キャンペーン、2024年12月からの企業型DCおよびiDeCoの変更点について
- 2024.11.13 大野事務所コラム
- PRIDE指標をご存知ですか
- 2024.11.06 大野事務所コラム
- AIは事務所を救うのか?
- 2024.11.05 ニュース
- 『workforce Biz』に寄稿しました【年次有給休暇の付与や取得等に関する基本的なルールと留意点(中編)】
- 2024.10.31 これまでの情報配信メール
- 賃金のデジタル払い、令和7年3月31日高年齢者雇用確保措置における経過措置期間の終了について
- 2024.10.30 大野事務所コラム
- 通勤災害における通勤とは③
- 2024.10.23 大野事務所コラム
- 在籍出向者を受け入れる際の労働条件の明示は出向元・出向先のいずれが行うのか?
- 2024.10.23 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【職場や外出先への移動時間は労働時間に該当するか】
- 2024.10.23 これまでの情報配信メール
- 令和6年年末調整における定額減税に関する事務・簡易な扶養控除等申告書について
- 2024.10.16 大野事務所コラム
- 本当に「かぶ」は抜けるのか―「人と人との関係性」から人事労務を考える㊱
- 2024.10.11 これまでの情報配信メール
- 令和6年版労働経済の分析(労働経済白書)について
- 2024.10.09 大野事務所コラム
- 労働者死傷病報告等の電子申請義務化について
- 2024.10.04 ニュース
- 『workforce Biz』に寄稿しました【年次有給休暇の付与や取得等に関する基本的なルールと留意点(前編)】
- 2024.10.02 これまでの情報配信メール
- 労働者死傷病報告の報告事項改正及び電子申請義務化について
- 2024.10.02 大野事務所コラム
- 女性活躍推進法の改正動向
- 2024.09.26 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【社会保険の適用が拡大されます】
- 2024.09.25 大野事務所コラム
- 社会保険の同月得喪と2以上勤務を考える
- 2024.09.18 大野事務所コラム
- 理想のチーム
- 2024.09.11 大野事務所コラム
- 通勤災害における通勤とは②
- 2024.09.11 これまでの情報配信メール
- 令和6年度地域別最低賃金額の改定状況について・大規模地震の発生に伴う帰宅困難者等対策のガイドラインについて
- 2024.09.04 大野事務所コラム
- フレックスタイム制適用時における年次有給休暇の時間単位取得と子の看護休暇・介護休暇の時間単位取得
- 2024.08.28 大野事務所コラム
- やっぱり損はしたくない!―「人と人との関係性」から人事労務を考える㉟
- 2024.08.31 これまでの情報配信メール
- 「健康保険資格情報のお知らせ及び加入者情報」の送付、マイナンバーカードの健康保険証利用について
- 2024.08.21 これまでの情報配信メール
- 雇用保険基本手当日額および高年齢雇用継続給付等の支給限度額変更・令和7年4月1日以降の高年齢雇用継続給付の段階的縮小について
- 2024.08.21 大野事務所コラム
- ライフプラン手当のDC掛金部分を欠勤控除の計算基礎に含めてよいのか?
- 2024.08.15 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【減給の制裁における労働基準法の制限】
- 2024.08.10 これまでの情報配信メール
- 雇用の分野における障害者の差別禁止・合理的配慮の提供義務に係る相談等実績について等
- 2024.08.07 大野事務所コラム
- 1か月単位の変形労働時間制における時間外労働の清算
- 2024.08.02 ニュース
- 『workforce Biz』に寄稿しました【管理監督者の適正性】
- 2024.07.31 大野事務所コラム
- 健康情報取扱規程の作成は義務⁈②
- 2024.07.24 大野事務所コラム
- ナレッジは共有してこそ価値がある
- 2024.08.01 これまでの情報配信メール
- 2024年 企業の「人材確保・退職代行」に関するアンケート調査 カスタマーハラスメント対策企業マニュアルと事例集
- 2024.07.19 これまでの情報配信メール
- 仕事と介護の両立支援に向けた経営者向けガイドライン
- 2024.07.17 大野事務所コラム
- 通勤災害における通勤とは①
- 2024.07.16 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【振替休日と割増賃金】
- 2024.07.10 大野事務所コラム
- これまでの(兼務)出向に関するコラムのご紹介
- 2024.07.08 ニュース
- 『workforce Biz』に寄稿しました【歩合給に対しても割増賃金は必要か?】
- 2024.07.03 大野事務所コラム
- CHANGE!!―「人と人との関係性」から人事労務を考える㉞