賞与支給額に占める将来期待部分を考える
パートナー社員の野田です。
「退職予定者の賞与を不支給とすることは問題ないか」というご質問をお受けしましたので、今回は退職者・退職予定者への賞与支給について考えます。
〇賞与の法的性質
労基法第11条(賃金の定義)では「この法律で賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。」と規定されており、賞与が法令上の賃金に該当することが確認できます。また、一般的に就業規則や賃金規程等で賞与について次のように規定されています。
【大野事務所モデル賃金規程より】
第21条(月給者の賞与の支給)
賞与は、原則として毎年7月および12月に会社の業績に応じて支給する。ただし、会社の業績の著しい低下、その他やむを得ない事情がある場合には支給しないことがある。
第22条(月給者の賞与の算定期間)
賞与の算定期間は、次のとおりとする。
7月:1月1日 ~ 6月30日
12月:7月1日 ~12月31日
第23条(月給者の賞与の算定基準)
賞与の算定基準は、当該算定期間におけるその者の勤務成績・出勤率・貢献度等を総合的に勘案のうえ各人ごとに決定支給する。
第24条(月給者の賞与の支給条件)
賞与の支給条件は、算定対象期間の全期間を勤務した者を対象とする。
2.賞与は、支給日当日に在籍している者を対象として支給する。
賞与が「労働の対償」として支給されている点について理解するところですが、「労働の対償」は、実労働の対価として支給されるもの(狭義)と労働関係上の地位に対して支給されるもの(広義)との大きく二つに分けられます。評価期間中の個人業績や勤務成績を反映して支給する場合には「狭義の労働の対償」と言えますし、会社業績を反映させた決算賞与的に支給するものであれば「広義の労働の対償」と言えます。また、いずれの意味合いも含んで支給しているという企業もあるでしょうから、賞与と言ってもその内容は様々です。
次に月例賃金との相違点を見ていきます。
月例賃金が勤務時間で把握される勤務に対する直接的な対価であるのに対し、賞与は一定期間の勤務に対する包括的な対価であって支給額や支給基準は必ずしも明確ではありません。月例賃金は労務提供がなされれば必ず支給する必要がありますが、賞与については、具体的な額や率などの確定行為がない限り請求権が発生しないものと解されています。この賞与の請求権の不確定性を根拠に、具体的な支給条件、支給の有無、支給対象者等について、個別契約書、就業規則、労働協約等で設定することが可能となります。
〇支給日在籍要件の設定
弊所モデル規定(第24条2項)もそうですが、多くの企業で支給日在籍要件を設けているものと思われます。賞与については、支給対象者や支給額を使用者・会社が自由に決定できるとお考えの方が多いようですが、本当に自由に決定できるものでしょうか。過去の労働の対償という意味合い(賃金の後払い)であれば支給対象期間に勤務していればよく、支給日に不在であることを理由に不支給とすることは、労基法第24条(賃金の支払)に抵触するように思われますが、裁判例では、請求権の不確定性を根拠に支給日在籍要件を合法なものとしているようです。
〇退職予定者に対する減額・不支給
支給日在籍要件が認められているように、退職予定者の賞与額を減額したり不支給としたりすることは法的に問題ないものでしょうか。これについて参考となる裁判例(B事件東京地裁平8.6.28判決)があります。
本事案は、12月14日に支給された冬季賞与について、12月末日で退職する意思表示(12月15日に退職の申出)をした者に対する過払い金の返還を求めた事案となりますが、本判決では、「賞与額の決定要素として従業員の将来の活躍に対する期待を加味することには、一定の合理性が認められるから、その期待が小さい近い将来退職する者について、退職しない者より低額になる旨の条項を設けること自体は、それが反射的に退職希望者がより高額の賞与を受給しようとすれば、一定期間退職の自由を制約する結果をもたらすとしても、その制約を受ける期間が、本件支給基準書のように約半月程度で相当程度を超えていないとみられる場合には、労基法・民法等の法令が禁ずるところではない。(中略)・・・しかしながら、他方、賞与の趣旨が基本的に当該従業員の実績に対する評価にあり、賃金としての性質を有する場合に、将来の期待の部分が小さいとの理由で、退職予定者に対する賞与額を非退職者と比較して僅少な金額に止めるとすれば、それは、将来への期待が小さいことを名目に従業員の賃金を実質的に奪うことになり、労基法違反あるいはその趣旨に反することによる民法90条違反の問題を生じることになる」として、年内での退職者に対する減額支給を認めながらも、「Xが一定の範囲内で、従業員に対する将来の期待部分を賞与の趣旨に含めて額に反映させることが禁じられるものではないが、その範囲・割合については、(中略)・・・、当時のYについては、これと同一条件の非年内退職者の賞与額の2割とするのが相当である」として、減額率を2割に制限しています。
支給日不在籍者について減額率10割を認めていながら、支給日直後の退職予定者については減額率2割を限度とした上記判決の意図・根拠は定かではありませんが、退職予定者に対して減額率を設けたり、返還を求めたりするのであれば、本判決を参考に減額率を決定されるのが良いでしょう。
以上となります。
執筆者:野田
野田 好伸 特定社会保険労務士
代表社員
コンサルタントになりたいという漠然とした想いがありましたが、大学で法律を専攻していたこともあり、士業に興味を持ち始めました。学生時代のバイト先からご紹介頂いた縁で社労士事務所に就職し、今に至っています。
現在はアドバイザーとして活動しておりますが、法律や制度解説に留まるのではなく、自身の見解をしっかりと伝えられる相談役であることを心掛け、日々の業務に励んでおります。
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