シリーズ 経営労務とコンプライアンス(第13回)
本コラムは、当事務所の代表社員である大野が、2012年に労働新聞に連載寄稿した記事をベースに同社の了解を得て転載するものです。なお、今回の転載にあたり、必要に応じ適宜原文の加筆・修正を行っております。
〇労務コンプライアンス
1.労務トラブルが止まらない
近年、経営環境の激変に伴い「名ばかり管理職」「サービス残業」「未払い残業代」「偽装請負」といった労務(労働債権と債務の関係)に関するトラブルが増加している。これまでは「年功序列型」「終身雇用」「定年制」「退職金制度」といった長期雇用システムや大企業と中小企業での雇用市場の二重構造などの仕組みが、これらの労務リスクを表面化させずにある程度うまく機能してきたが、これらの仕組みが崩壊したために、人材マネジメントにおけるコンプライアンス問題が顕在化している。
これらのトラブルは企業経営にとって様々な形でリスクとなり、それは時として企業に致命的なダメージを与える。
適性に賃金が支払われているか、未払いの残業代はないか、法定通りに休日が与えられているかなど、労基署による会社への立入調査、監督・指導、いわゆる臨検も行われる。この臨検による労基法違反の指摘も増加しており、会社が認識していない未払い残業代が指摘された場合には、過去の未払い残業代を一度に支払うことにもなりかねないので、損益面でも資金面でも経営に与える影響は甚大なものとなる。また、複数の退職従業員から未払い残業代を請求されるケースもあり、在職中に請求があるのではなく、退職した後にまとめて請求があるために、その金額はバカにならない。場合によっては億単位、数十億単位の支払ということもあるので、これらのリスクへの対応は厳しいものとなる。
このように企業を取り巻く労務分野における環境変化は、企業に待った無しの対応を迫っており知らなかったでは済まされない。ネットで瞬時にして情報が伝播する現在では、事実無根の風評被害によって企業が窮地に追い込まれることもある。重要なことは、これらの労務リスクは非常に範囲が広く、リスクを完全に排除することはできないので、どこまで対応するかでコストにも雲泥の差が出る。どこまでのリスクを排除し、どこまでのリスクを許容するのか、会社を継続的に発展させていくという視点で、現実的でしなやかな対応が求められる。
主だった労務リスクを分類しておくと、次のようなものがある。
- 費用リスク(未払残業代の遡及支払、社会保険未加入による遡及加入、等)
- 行政処分リスク(業務停止処分、免許取り消し、など)
- 訴訟リスク(セクハラ、パワハラ、過労死、精神疾患、未払賃金、など)
- 風評リスク(過重労働、いじめ、不当処遇、など)
2.基本となるワークルール「就業規則」
「就業規則の整備」と聞いて、法律上必要なので形式的に整えるのだと考えるなら、それは間違いである。就業規則は、法律的な要請の有無にかかわらず、出向や配置転換などの業務命令や懲戒処分などの制裁の執行、その他の労働条件の定めの根拠となる、会社の規則として不可欠なものである。就業規則に定めのない会社の行為や労働条件は、根拠のない行為・条件となって、無効となってしまうこともある。
就業規則は、会社の方針を実現するために欠かすことができないもの、会社の文字通り基本となる「ワーク・ルール」である。ルールである以上、会社も社員も遵守しなければならない。ルールに違反した場合をどうするかまで明確に決めておくことも大切である。就業規則に適切な規定がないためや不明瞭であるために、休職、解雇、減給、降格などを巡るトラブルも年々増え続けている。
会社の成長ステージとともに具体的に社員に求めることは変っていく。創業期から成長期へ、成長期から成熟期へ、成熟期から変革期へ、成長ステージの変化とともに就業規則を見直すことが組織的経営で持続的成長につながっていくことにもなる。実際に就業規則の整備を進めるにあたっては、様々な留意点がある。ここでは個別具体的な説明まではできないが、会社の方針を伝える就業規則の最大のポイントは、「明示し、周知する」というところにある。「就業規則は見直したが、従業員の誰ひとりとしてそのことを知らない」では何の意味もないだけでなく労務リスクにもなりうる。就業規則を明示し、その内容を周知徹底することによって、はじめて会社の方針が伝わる。
近年増加している労務トラブルの多くも、周知徹底の不足や双方の考え違いから発生している。もう少し時間を割いて、周知徹底を図っていれば避けられたトラブルが実に多い。このように、就業規則はただ単に作って終わりではない。その内容を周知徹底していくプロセスにこそ、人材戦略の基本的役割から見た本当の意味があると言える。労務コンプライアンスの要諦は、当り前のことだが、ワークルール、就業規則の全面的活用である。
これらの就業規則の整備を通して、今一度、会社の人材戦略の方向性を再確認するという姿勢が重要である。企業成長にも終わりがないように、人材戦略に完成形はない。定期的、継続的な戦略改善が、5年後10年後には、企業体質の大きな差となって現れてくる。
以上となります。
※次回(第14回)掲載日は、10月19日を予定しております。
シリーズ
本コラムは、当事務所の代表社員である大野が、2012年に労働新聞に連載寄稿した記事をベースに、同社の了解を得て転載したものです。
ガバナンスと内部統制およびコンプライアンスの意味と位置づけを確認し、会社の成長、価値の向上に貢献する「経営労務」について、15回にわたり本コラムにて連載させていただきました。
なお、今回の転載にあたり、必要に応じ適宜原文の加筆・修正を行っております。
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