決定プロセスへの当事者参加―「人と人との関係性」から人事労務を考える㉑
こんにちは。大野事務所の今泉です。日が落ちるのが早くなりましたね。
さて、今回ですが、たまたま似たようなご相談をいくつかお受けいたしましたので、それを題材に話を進めていきたいと思います。
何かというと、いわゆる過払い賃金の返還に関するものです。
社員からの申請が滞っていた、会社の給与計算が誤っていた等原因は様々あると思われますが、いずれにせよ何らかの理由によって社員に対して多く賃金を支払ってしまったというケースです。頻繁に発生しては困るものの、わりと発生してしまいがちなことではないでしょうか。
ご存知かもしれませんが、これはいわゆる不当利得の返還の問題となります(余談ですが、消滅時効は10年(悪意の受益者に対しては20年)となります。賃金の消滅時効が現状3年であるのとは異なります。)。
故なく支給された賃金ですから、当然多く支払ってしまった分を返してもらうことができます。そして、一括で返還してもらうことができる債権でもあります。
ですので、労働者に対して過払い賃金を一括して返還してもらうことを求めることも可能ですが、どうでしょうか・・・?
過払い額が少額なのであれば一括返還してもらうことに何の問題もないでしょうが、長きにわたって過払い賃金が蓄積された結果、多額の過払い賃金となってしまっているケースもあるでしょう。そのような場合にも、法的に認められているから、という理由で有無を言わせず一括返還を要求する、という対応を会社がとったとしたら、労働者はどう思うか、ということです。
当然、労働者としては不満に思うでしょう。そこで、多くは過払い賃金を分割して返還してもらうプランを立てることとなります。
そうなったとき、会社としてはどのような「返済計画」がベストなのか、頭を悩ませることとなります。手取り金額がどれくらいになるのか、賞与がどのくらい支給されそうか、年末調整のこと、社会保険料への影響などなど。
そうしてやっと作り上げた返済計画を社員に通知したところ、社員から「これでは生活できない、どうにかならないか」と言われてしまった。会社としては、あらゆるリスクを考えてベストな案を作り上げたつもりだったのに、社員からNOと言われてしまう、結構切ないものがあるように思えます。
しかしながら、社員にも生活があります。単純に困ってしまうことになるわけですから、できるだけ負荷がかからないように調整したい。
つまり、この場面では会社と社員との間でコンフリクトが発生している、といえます。
これをどう解決していくか、例えば、こんなやり取りがあったとします。
人事A:この度は申し訳ありませんが、過払いとなっている賃金について返還してもらうことになるのですが、その返還方法について相談です。 社員B:分かりました。できれば毎月の給料からはあまり引かないでもらいたいですね。 人事A:そうですか。年末調整のこともあるので、今年中に全額を回収したいと思っています。 では、賞与からの控除額を少し多めに設定してよいでしょうか。 社員B:賞与からの控除はやむを得ないですね。それでお願いします。 人事A:ご理解いただきありがとうございます。 |
実際のところ、こう上手くはいかないのが常でしょうが、重要なのは、このように相手とのコミュニケーションを通して意思や意向を確認しながら、対応決定に至るプロセスに当の本人を参加させることで、コンフリクトを避けることができる、ということです。
以前にも書かせていただきましたが、健全な意見交換により組織を活性化させるという効果をもたらすコンフリクトは、むしろ歓迎すべきものといってもいいのかもしれませんが、今回のようなケースではコンフリクトに発展させない、未然に防止する、ということが重要になってくるように思います。
コンフリクトにも多種多様なものがあり、コンフリクトが発生することが前提で事に当たっていると、これを防止することもできうる、という一例として紹介してみました。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
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今泉 叔徳 特定社会保険労務士
パートナー社員
群馬県桐生市出身。東京都立大学法学部法律学科卒業。
人事労務関係の課題解決の糸口としてコミュニケーションや対話の充実があるのではないかと考え、これにまつわるテーマでコラムを書いてみようと思い立ちました。日頃の業務とはちょっと異なる分野の内容ですので、ぎこちない表現となってしまっていたりすることはご了承ください。
休日には地元の少年サッカーチームでコーチ(ボランティア)をやっていて、こども達との「コミュニケーション」を通じて、リフレッシュを図っています。
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