社会保険の適用拡大について
こんにちは。大野事務所の高田です。
短時間労働者に対する社会保険の適用拡大が、いよいよ今年(2022年)10月に迫ってきています。
今回は被保険者数が100人超500人以下の事業所が対象となっており、これに伴い全国で約45万人の短時間労働者が新たに社会保険に加入することになると見込まれています。厚生労働省では、様々なチラシを作成したり、特設サイトを開設したりなどして周知に努めていますが、新たに加入対象となるのが、そもそも雇用契約や勤務形態が不安定かつ流動的になりがちな短時間労働者であるだけに、加入対象となるのか否かの判断自体が難しいケースが多々あります。今回は、先般公開された「短時間労働者に対する健康保険・厚生年金保険の適用拡大Q&A集」(以下「Q&A集」)の中から、特に難しいと感じた箇所を中心に取り上げたいと思います。
1.適用拡大の対象となる短時間労働者とは
まず前提として、短時間労働者ではあっても、いわゆる4分の3基準を満たす労働者は、今回の適用拡大措置に関係なくそもそも被保険者になります。4分の3基準というのは、「1週間の所定労働時間」および「1か月の所定労働日数」がいずれも通常労働者の4分の3以上であることを指し、「いずれか」ではなく「いずれも」である点に注意が必要です。
適用拡大によって新たに加入対象となるのは、上記の4分の3基準を満たさない短時間労働者のうち、以下の4要件を満たす(4つすべてに当てはまる)労働者です。
① 1週の所定労働時間が20時間以上であること
② 月額賃金が88,000円以上であること
③ 学生でないこと
④ 対象の適用事業所(被保険者数100人超)に使用されていること
これらのうち④は適用事業所に関する要件ですので、被保険者に関する要件としては①から③までの3つであり、これらを3要件として解説している資料もあります。なお、今年9月までは「雇用期間が継続して1年以上見込まれること」を加えた5要件(④を含めない場合は4要件)だったのですが、当該要件が削除されることにも注意が必要です。と言いますのは、既に適用拡大の対象であった500人超の事業所において、雇用期間が1年以上見込まれないことを理由に社会保険に加入していない短時間労働者がいる場合、10月以降は新たに加入対象となる可能性がある(※)ということです。
(※)「雇用期間が2か月を超えることが見込まれない」等の除外事由に該当しない場合
2.所定労働時間、賃金の要件について
さて、①については、シフト制等によって1週の所定労働時間が不安定なケースでの判断が難しいのではないかと思います。この点、所定労働時間が周期的に変動する場合は、当該周期を平均して算出する(問28)、特定の時期が繁忙期や閑散期に当たる場合は、それら特定時期を除外して算出する(問30)といった例が示されています。中でも特に難しいと感じるのは、雇用契約書等で1週の所定労働時間を20時間未満で定めていても、恒常的に(2月連続で)実績が週20時間以上となった場合には3月目の初日から被保険者となると解説した例(問32)です。何が難しいのかは、後ほど触れます。
次に、②の月額賃金88,000円については、時間外・休日・深夜手当や通勤手当等を含めない点に注意が必要です(問41)。つまり、88,000円以上であるかどうかを確認するには、単純に賃金台帳上の総支給額を見るのではなく、対象外の賃金を除いて判断しなければならないということです。
3.特に判断が難しいケースについて
ここで、先ほど私が「難しい」と述べた点について触れたいのですが、(問32)の「雇用契約上の所定労働時間を20時間未満で定めていても、恒常的に実績が週20時間以上となった場合は被保険者となる」と、(問41)の「88,000円以上かどうかの確認の際に時間外手当は含めない」との関係が矛盾しているように感じられませんでしょうか?
具体例で考えてみます。
時給1,050円かつ1週18時間の契約で労働する場合の月給は81,900円(1,050円×18時間×52週÷12月)です。実績が契約を上回って1週22時間労働した場合の月給は100,100円(1,050円×22時間×52週÷12月)になりますが、所定労働時間を超えた4時間分の時間外手当18,200円は88,000円以上かどうかの判断の際には除外するとのことですので、この労働者の場合、労働時間がどれだけ増えても、結局88,000円以上になることはないのではないか?ということです。
この疑問について幾つかの年金事務所に確認したところでは、「時間外手当は原則として算定に含めないものの、恒常的に20時間を超えていると判断した場合は、時間外手当として捉えず、所定内の賃金として含める可能性がある」とのことでした。勿論、この取扱いについてはQ&A集のどこにも書かれていませんが、実際問題としては、そのように考えるのが妥当なのだろうと思います。つまり、「雇用契約書上の所定労働時間を20時間未満にしてさえおけば、実績が多少増えたとしても社会保険の加入を免れる」わけではないということです。
以上、筆者が特に触れたいと思った箇所のみを取り上げましたが、この他にも重要な箇所が幾つかありますので、やはり、Q&A集全体をしっかり押さえておく必要がありそうです。
執筆者:高田
高田 弘人 特定社会保険労務士
パートナー社員
岐阜県出身。一橋大学経済学部卒業。
大野事務所に入所するまでの約10年間、民間企業の人事労務部門に勤務していました。そのときの経験を基に、企業の人事労務担当者の目線で物事を考えることを大切にしています。クライアントが何を望み、何をお求めになっているのかを常に考え、ご満足いただけるサービスをご提供できる社労士でありたいと思っています。
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