「多様化する労働契約のルールに関する検討会報告書」が公表されました
こんにちは、大野事務所の土岐です。
4月に入り新年度が始まりました。弊所では3月以降に新卒も含め新たなメンバーが複数人加わり、新しい風が吹き込まれました。新メンバーの皆さんには少しでも早く馴染んでいただき、共に事務所を盛り上げていけたらと思っています。
さて、過去の私のコラムで無期転換ルールに関する調査結果について触れたのですが、本日は「多様化する労働契約のルールに関する検討会報告書(以下、報告書)」を採り上げたいと思います。無期転換ルールは2013年4月1日施行後の8年後に「改正の必要があると認めるときは、その結果に基づいて必要な措置を講ずる」とされていました。厚生労働省の検討会では無期転換ルールの他、多様な正社員の雇用ルールの明確化について検討が進められてきたところ、そこで議論された成果として、今回の報告書が取りまとめられたものとなります。
報告書の概要は次の通りです。
【出典】厚生労働省 多様化する労働契約のルールに関する検討会 報告書(概要)
概要を一読したのみではその内容や背景が掴みづらいところがあると思いますので、筆者が気になったポイントに絞って以下に紹介していきたいと思います。
1.無期転換ルールに関する見直し
(2)無期転換を希望する労働者の転換申込機会の確保
概要では「労働者が無期転換ルールを理解した上で申込みを判断できるよう、無期転換申込権が発生する契約更新時に、労働基準法の労働条件明示事項として、転換申込機会と無期転換後の労働条件について、使用者から個々の労働者に通知することを義務づけることが適当。」とあります。
この点、報告書では通知のタイミングについて次の3つが考えられるとしており、「更新の都度申込みの有無について労働者が判断する契機となること」から、③のタイミングが適当である、としています。
①無期転換申込権が初めて発生するよりも前のタイミング
②無期転換申込権が初めて発生する契約更新のタイミング
③無期転換申込権が発生する契約更新ごとのタイミング
なお、①については無期転換申込権が発生する前の労働者に5年を超える雇用継続の期待を生じさせる可能性があり、雇止めに関して無用な混乱を招くおそれがあること、②については5年超となる更新のなされた契約ごとに無期転換申込権が発生することからも、無期転換申込権が初めて発生する契約更新のタイミングに限る理由がないことが合わせて述べられています。
「令和3年有期労働契約に関する実態調査(個人調査)」によれば、「無期転換ルールについては何も知らない、聞いたことがない」という回答が約4割ということでしたので、無期転換ルールというものがあることの周知という点では有効なのではないかと思います。
また、無期転換後の労働条件の明示に関しては、労基法第15条の事項が適当であるとしつつ、転換後の労働条件について「別段の定め」を設けて就業の場所や従事すべき業務自体を変更する場合、また、就業の場所や従事すべき業務自体を変更する場合には、「別段の定め」の内容を具体的に示すことが基本となる、としています。
無期転換後の労働条件の内容について、より具体的に明示をしましょう、ということになりますね(改正となった際には、明示方法について行政からモデル通知書等が公表されるものと思われます)。
(3)無期転換前の雇止め等
概要に記載がありますとおり、契約更新の上限設定について、次を措置することが適当とされています。
- 更新上限の有無及びその内容の労働条件明示の義務づけ
(労働基準法施行規則5条1項1号の2の「更新する場合の基準」の中に更新上限の有無・内容が含まれることの明確化)
- 最初の契約締結より後に更新上限を新たに設ける場合には、労働者からの求めに応じて、上限を設定する理由の説明の義務づけ
(有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準(平成 15 年厚生労働省告示第 357 号)における規定の追加)
この点、報告書では①について、「更新上限の有無や内容の明示を義務化することで、使用者が更新上限を設定する方向に誘導されるのではないかとの懸念もありうるが、それ以上に労使間の認識の齟齬を未然に防ぎ、納得を促すことを重視すべきと考えられる。」と述べています。
こちらに関しては、無期転換ルールが施行される前には契約期間や更新の上限を設定する動きは確かにありましたが、近頃は新たにそのような制度を導入するといったご相談が寄せられることは少ないというのが筆者の実感ですので、「労使間の認識の齟齬を未然に防ぎ…」のくだりには個人的には納得できるところです。
2.多様な正社員の労働契約関係の明確化等
(2)労働契約関係の明確化
<労働契約締結時の労働条件の確認>
概要では「多様な正社員に限らず労働者全般について、15条明示の対象に就業場所・業務の変更の範囲を追加することが適当」としています。
報告書を見てみると、「『(就業の場所・従事すべき業務の)変更の範囲』を示すにあたっては、就業の場所・従事すべき業務が限定されている場合にはその具体的な意味を示すことになり、また、就業の場所・従事すべき業務の変更が予定されている場合にはその旨を示すことになる。」とあります。
この点、就業の場所の変更の範囲の具体的な例として、「例えば、東京 23 区内に限定されている場合は「勤務地の変更の範囲:東京 23 区内」と示されることが想定され、また、勤務地に限定がない場合は「勤務地の変更の範囲:会社の定める事業所」と示されることが想定される。」との注が参考になります。
このような記載で足りるならば、実務上の影響はそれほど大きくないのかもしれません。
加えて、「明示された就業の場所や従事すべき業務が無くなったことを理由に解雇が促進されかねないとの懸念が考えられるが、これに対しては、限定された就業の場所・従事すべき業務が廃止されたとしても、当然解雇が正当化されるということにはならないこと等、裁判例等に基づく考え方を周知することが適当である。」と述べている点に関して、報告書の別紙2に裁判例がまとめられていますので、考え方の確認・整理の参考になると思います。
なお、「転勤(転居を伴う配置の変更)の場合の条件について明示することも検討対象となるが、労働基準法の労働条件明示義務として規律するというより、転勤命令の有効性等の民事上の効力に関わる労働契約法の問題として捉えるべきものである。」としており、労働条件の明示事項とすべきとの結論には至っていません。
<労働条件が変更された際の労働条件の確認>
概要では1点目・2点目において、「労働条件の変更時も15条明示の対象とすることが適当」、「多様な正社員に限らず労働者全般について、労働契約締結時に書面で明示することとされている労働条件が変更されたとき(①就業規則の変更等により労働条件が変更された場合及び②元々規定されている変更の範囲内で業務命令等により変更された場合を除く。)は、変更の内容を書面で明示する義務を課す措置が考えられる。」とされています。
「①就業規則の変更等により労働条件が変更された場合を除く」に関して報告書を見てみると、「就業規則の新設・変更により労働条件が変更された際に、その内容を個々の労働者に書面等により明示することが本来的には望ましい」としながらも、「就業規則は労働者への周知義務があること」、「使用者側の負担や煩雑さに鑑み、就業規則の周知を徹底することを前提」に、「就業規則による変更後の労働条件の明示までは不要と考えられる」としています。
<労働契約関係の明確化を図る場合の留意点>
概要では「労働条件の変更や、多様な正社員の勤務地等の変更、事業所廃止等を行う場合の考え方について、裁判例等を整理して周知することが適当」とありますところ、報告書では特に周知していく必要がある点について、次の事項等を挙げています(裁判例については上述の通り報告書の別紙2にまとめられています)。
・限定合意を変更するための労働者の同意は、労働者の任意(自由意思)によるものであることが必要となること
・限定された勤務地・職務が廃止されたとしても、それによる解雇が当然に正当化されることにはならないこと(使用者が一方的に配置転換を命じることはできず、事案の内容に応じ、配置転換の打診や退職金の上乗せ等の解雇回避努力義務を尽くすことが求められること)
また、「使用者側については、経営陣や人事担当だけがこれらのルールを知っていれば足りるものではなく、現場の管理職が変更の範囲を超えた業務指示をすることがないように、管理職教育がなされることも重要である。」と述べている点、お客様より様々な点で現場の管理職等の方々への周知から統一した対応が難しいといったご相談をいただきますので、悩ましい部分ではありますが、特に留意が必要と考えるところです。
以上、報告書の内容の紹介となりましたが、この報告書の提言を受けて、法改正の議論が進んでいくものと思われます。今後の実務対応に影響があるものと思われますので、引き続き動向に注目していきたいと思います。
本日も最後までお読みいただきありがとうございました。
<参考URL>
■厚生労働省 「多様化する労働契約のルールに関する検討会」の報告書を公表します。
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_24789.html
■厚生労働省 「多様な正社員」について
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/tayounaseisyain.html
執筆者:土岐
土岐 紀文 特定社会保険労務士
第3事業部 部長
23歳のときに地元千葉の社労士事務所にて社労士業務の基礎を学び、その後大野事務所に入所しまして10数年になります。
現在はアドバイザリー業務を軸に、手続きおよび給与計算業務にも従事しています。お客様のご相談には法令等の解釈を踏まえたうえで、お客様それぞれに合った適切な運用ができるようなアドバイスを常に心がけております。
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