シリーズ 経営労務とコンプライアンス(第5回)
本コラムは、当事務所の代表社員である大野が、2012年に労働新聞に連載寄稿した記事をベースに同社の了解を得て転載するものです。
なお、今回の転載にあたり、必要に応じ適宜原文の加筆・修正を行っております。
〇労働法制における企業と管理職
1.労働法制における企業
労働法での企業把握の特色は、「事業場」という場所的、空間的なとらえかたを前提とするものであり、企業の構成員についても、使用者と労働者という二者のくくりで考え、それ以外は労働法を構成する成員の視野に入っていない。
例えば、労基法では労使協定の一般的拘束力や組織統制等の問題を「事業場」概念で処理するのを原則としており、株主等は一般的には想定していない。
労基法10条に規定する使用者とは、「事業主または事業の経営担当者その他、労働者に関する事項に関して事業主のために行為するすべての者」であって、基本的には会社それ自体と経営者である取締役などだが、役職及び一般の労働者も場合に応じて使用者のなかに含まれる仕組みとなっている。
ただ、今日の会社は、個別企業を超えたグループで事業を編成したシステムとして把握すべき側面もあり、単独の法人格企業のみでは問題に対応することができない場合がある。企業の範囲や境界の広がりをめぐる問題として、持ち株会社、親子会社、国境を超えた経営など、企業システムが多くの法的主体を有機的に結合させて活動している現在、労働契約の当事者だけを使用者とするのではなく、連帯的あるいは補完的な使用者というものを考えながら対応する等、新しい契約論的な対応が必要になっている。
また、職場のIT革命によって、ホワイトカラーを中心に労働組織の仮想化も進展し、パソコンがあれば在宅勤務や、国外を含む遠隔地間の労働者相互での協業態勢の構築も可能となり、労働の場所的同一性を前提にした規制のみでは難しくなっている場合がある。
いずれにせよ労働問題は多様化・多元化していて、かつてのように労働に直結した賃金、労働時間など以外にも、派遣など外部労働力の活用、外国籍労働者の処遇、さらには差別やいじめの職場環境と健康管理などといった、生活権あるいは市民権的な労働問題も大きなウエイトを持ってきているのでこの点の配慮も必要である。
2.労働基準法上の管理職
労基法は労働基準の最低条件を定める労働保護の観点から、労働時間等の規制を緩める労働者の範囲として管理・監督職を定める。このため、会社の管理職としての扱いと、労基法上の管理・監督職(労働時間管理の対象とならず、残業代支給も不要)とは割り切って分けて認識しておく必要がある。
同法第41条第2項は、労働時間、休憩、休日に関する規定を適用しない労働者を管理・監督者として「事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にあるもの」と定めている。厚生労働省の行政通達では以下の3つの判断枠組みが示されており、裁判でもほぼこの枠組みに沿って判断を行うことが確立している。
①労務管理等について経営者と一体的な立場にあること
- ②出退勤管理など自らの勤務について裁量権があること
- ③その地位、役職に相応しい賃金等の処遇を受けていること
3つの判断要素の中で、①が分かり難いが、具体的には、労務管理上の権限(部下の人事考課、配置・職務配分の決定権、採用権限、勤務シフトの決定権限など)と経営管理上の権限(組織の運営方針・計画の決定・裁量権限、経費支出等に関する決裁権限、会社の機密事項へのアクセス権限など)を持っている職位のことといえよう。
従って、自社で「部長」「マネジャー」等の名称を与えて「管理職」扱いしていても、労基法上の「管理職」と認められない場合が当然あり、上記要件をその実態に即して判断する。
会社の管理職の現状は業種により比率も異なるが、全従業員に占める割合は部長クラスが2%程度、課長クラスが8%程度、合わせて10%程度で、係長、主任などを加えた役職者の全従業員に占める割合は20%程度と推定されている。中企業以上での平均的年収水準は、部長級1,000万円程度、課長級800万円程度と推測される。
会社は当然ながら事業遂行の必要性に応じて独自の管理職制を展開する。これは労基法の規制とは別のことだ。会社の管理職の範囲が、労基法の定めるものと同じなら問題はないが、実際には不明瞭な部分が存在すると言わざるを得ない。従って、この不明瞭なゾーンの会社管理職については、管理職手当に見込みの時間外労働の割増賃金を含ませ、想定時間を超えた場合には差額を支給する仕組みを組み込むなど、万一、臨検等で法的に管理職の該当性が認められない場合についての、未払い賃金の発生リスクを軽減するなどの実務的対応が望ましい。
以上
※次回(第6回)掲載日は、4月27日を予定しております。
シリーズ
本コラムは、当事務所の代表社員である大野が、2012年に労働新聞に連載寄稿した記事をベースに、同社の了解を得て転載したものです。
ガバナンスと内部統制およびコンプライアンスの意味と位置づけを確認し、会社の成長、価値の向上に貢献する「経営労務」について、15回にわたり本コラムにて連載させていただきました。
なお、今回の転載にあたり、必要に応じ適宜原文の加筆・修正を行っております。
過去のニュース
ニュースリリース
- 2024.12.02 ニュース
- 【急募!正規職員・契約職員・パート職員】リクルート情報
- 2024.12.20 ニュース
- 書籍を刊行しました
- 2024.12.20 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【労働条件の不利益変更】
- 2024.12.20 ニュース
- 年末年始休業のお知らせ
- 2024.12.18 大野事務所コラム
- 【通勤災害】通勤経路上にないガソリンスタンドに向かう際の被災
- 2024.12.11 大野事務所コラム
- 【賃金のデジタル払いの今と今後の広がりは?】
- 2024.12.09 ニュース
- 『workforce Biz』に寄稿しました【年次有給休暇の付与や取得等に関する基本的なルールと留意点(後編)】
- 2024.12.04 大野事務所コラム
- X.Y.Z―「人と人との関係性」から人事労務を考える㊲
- 2024.11.30 これまでの情報配信メール
- 令和6年12月2日以降は健康保険証が発行されなくなります・養育期間標準報酬月額特例申出書の添付書類の省略について
- 2024.11.27 大野事務所コラム
- 産前産後休業期間中の保険料免除制度は実に厄介
- 2024.11.20 大野事務所コラム
- 介護についての法改正動向
- 2024.11.14 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【未払い賃金請求権と時効期間】
- 2024.11.22 これまでの情報配信メール
- データでみる70歳以上の定年・継続雇用制度の導入効果と工夫、大野事務所モデル規程・協定一部改定のお知らせ
- 2024.11.12 これまでの情報配信メール
- 過重労働解消キャンペーン、2024年12月からの企業型DCおよびiDeCoの変更点について
- 2024.11.13 大野事務所コラム
- PRIDE指標をご存知ですか
- 2024.11.06 大野事務所コラム
- AIは事務所を救うのか?
- 2024.11.05 ニュース
- 『workforce Biz』に寄稿しました【年次有給休暇の付与や取得等に関する基本的なルールと留意点(中編)】
- 2024.10.31 これまでの情報配信メール
- 賃金のデジタル払い、令和7年3月31日高年齢者雇用確保措置における経過措置期間の終了について
- 2024.10.30 大野事務所コラム
- 通勤災害における通勤とは③
- 2024.10.23 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【職場や外出先への移動時間は労働時間に該当するか】
- 2024.10.23 これまでの情報配信メール
- 令和6年年末調整における定額減税に関する事務・簡易な扶養控除等申告書について
- 2024.10.16 大野事務所コラム
- 本当に「かぶ」は抜けるのか―「人と人との関係性」から人事労務を考える㊱
- 2024.10.11 これまでの情報配信メール
- 令和6年版労働経済の分析(労働経済白書)について
- 2024.10.09 大野事務所コラム
- 労働者死傷病報告等の電子申請義務化について
- 2024.10.04 ニュース
- 『workforce Biz』に寄稿しました【年次有給休暇の付与や取得等に関する基本的なルールと留意点(前編)】
- 2024.10.02 これまでの情報配信メール
- 労働者死傷病報告の報告事項改正及び電子申請義務化について
- 2024.10.02 大野事務所コラム
- 女性活躍推進法の改正動向
- 2024.09.26 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【社会保険の適用が拡大されます】
- 2024.09.25 大野事務所コラム
- 社会保険の同月得喪と2以上勤務を考える
- 2024.09.18 大野事務所コラム
- 理想のチーム
- 2024.09.11 大野事務所コラム
- 通勤災害における通勤とは②
- 2024.09.11 これまでの情報配信メール
- 令和6年度地域別最低賃金額の改定状況について・大規模地震の発生に伴う帰宅困難者等対策のガイドラインについて
- 2024.09.04 大野事務所コラム
- フレックスタイム制適用時における年次有給休暇の時間単位取得と子の看護休暇・介護休暇の時間単位取得
- 2024.10.23 大野事務所コラム
- 在籍出向者を受け入れる際の労働条件の明示は出向元・出向先のいずれが行うのか?
- 2024.08.31 これまでの情報配信メール
- 「健康保険資格情報のお知らせ及び加入者情報」の送付、マイナンバーカードの健康保険証利用について
- 2024.08.21 これまでの情報配信メール
- 雇用保険基本手当日額および高年齢雇用継続給付等の支給限度額変更・令和7年4月1日以降の高年齢雇用継続給付の段階的縮小について
- 2024.08.21 大野事務所コラム
- ライフプラン手当のDC掛金部分を欠勤控除の計算基礎に含めてよいのか?
- 2024.08.15 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【減給の制裁における労働基準法の制限】
- 2024.08.10 これまでの情報配信メール
- 雇用の分野における障害者の差別禁止・合理的配慮の提供義務に係る相談等実績について等
- 2024.08.07 大野事務所コラム
- 1か月単位の変形労働時間制における時間外労働の清算
- 2024.08.02 ニュース
- 『workforce Biz』に寄稿しました【管理監督者の適正性】