企業白書が提言する労働法制の見直しとは
パートナー社員の野田です。
今年1月、経済同友会より約9年ぶりに「人間及び人間社会の本質的欲求と企業経営~非連続な環境変化と継続的価値創造~」と題された第18回企業白書が出されましたので、その内容について触れます。
同白書の第4章(価値創造環境の整備)では、「企業が価値創造を通じて、人間社会に価値を提供し続けるためには、企業自身が継続的価値創造力を強化するとともに、環境変化の中で時代にそぐわなくなった諸制度の改革や、新たな時代にふさわしい制度構築・ルール整備が必要である。」と述べております。更に「価値創造人材の活躍を促すための労働法制の見直し」として、以下のように述べています。
- ●時間管理を前提にした制度の見直し ― 創造性を発揮するための自律的な働き方の実現
人間及び人間社会の本質的欲求を捉えた価値創造を担う人材に求められるのは、「創造性」の発揮である。創造性を発揮する価値創造の成果は、かけた時間の長さには比例しない。
すでに、「裁量労働制」「高度プロフェッショナル制度」等の制度は導入されているが、いずれも一定の労働時間管理を前提にしたものとなっている。優秀な人材の中には、組織に縛られることを望まず、フリーランスとして高度な能力を発揮している者もいる。
価値創造人材が創造性を発揮し、自律的な働き方が可能となるように、旧来の画一的な働き方(所定の場所・時間、労働集約型)に従事することを前提とする労働法制や労働行政を抜本的に見直す必要がある。
- ●環境変化に対応する円滑な労働移動と人材の流動化
環境変化の中で価値創造を継続していくためには、必要な人材のキャリア採用や、事業の新陳代謝に伴う円滑な労働移動が不可欠である。したがって、労働市場の流動化、失業なき労働移動のためのセーフティネットの整備(実効性のあるリカレント教育、職業訓練等)を進めていくべきである。
その環境整備の一環として、透明かつ公正な労働紛争解決システム(解雇無効時の金銭救済制度等)の構築についても、早期に進めるべきである。
同白書によれば、資源の乏しい日本における競争力の源泉は「人材」にあり、企業の継続的価値創造力の主要要素の一つであるとしていますが、新卒一括採用、終身雇用、年功序列など日本古来の雇用制度を反映した人事制度(評価・賃金制度を含む)の見直し、労働集約型を前提とした現行の労働時間管理による諸制度の見直し(時間に対し賃金を支給する制度の見直し)、および新時代にふさわしい制度の構築・ルール整備をしていかなければ、価値創造を担う人材の登用や活用は困難であるとしています。
また、環境変化の中で価値創造を継続していくためには、人材の新陳代謝も必要であり、円滑な労働力の移動、労働市場の流動化が不可欠であることから、実効性のあるリカレント教育や職業訓練を行うなどセーフティネットの整備は勿論のこと、環境整備の一環として、解雇無効時の金銭解決制度の整備など、透明かつ公正な労働紛争解決システムの整備についても早期に行うべきものとしています。
ある行政資料によれば、令和3年3月末時点の「高度プロフェッショナル制度」の導入企業数は20社、対象労働者数は552名(うち441名がいわゆる経営コンサルタント業務)となっており、令和元年より新設された制度ではあるものの実際に適用される者は限定され、いかに使い勝手が悪いものかを表していると言えます。また、裁量労働制が導入されてから四半世紀以上経過しますが、令和3年6月に公表された「裁量労働制実態調査」結果では、裁量労働制が適用されている事業場数は11,750事業所、適用対象労働者数は104,985人となっております。一見、多いようにも思える適用対象者数ですが、全体の労働者数でみるとごく僅かです。適用対象者数が増えない理由は様々でしょうが、個人的には、フリーランス等の業務委託者のように業務量や成果に応じた賃金支給になっていないことが、当該制度の利用が進まない理由ではないかと考えます。
デジタル化、AI化が進み、事務作業や定型業務などが縮小されていくなかでは、当該白書が提言するように、時間軸とは異なる創造性を発揮するための自律的な働き方を認めるような現行制度の見直し(例えば裁量労働制の要件緩和や対象業種の拡大)や新制度の導入について真剣に検討していかなければ、今後の国際社会のなかで日本が存在感を示していくことは難しいかもしれません。
経済同友会HP 第18回企業白書
第18回企業白書 | 経済同友会 (doyukai.or.jp)
執筆者:野田
野田 好伸 特定社会保険労務士
代表社員
コンサルタントになりたいという漠然とした想いがありましたが、大学で法律を専攻していたこともあり、士業に興味を持ち始めました。学生時代のバイト先からご紹介頂いた縁で社労士事務所に就職し、今に至っています。
現在はアドバイザーとして活動しておりますが、法律や制度解説に留まるのではなく、自身の見解をしっかりと伝えられる相談役であることを心掛け、日々の業務に励んでおります。
過去のニュース
ニュースリリース
- 2024.08.22 ニュース
- 【正規職員・契約職員・パート職員募集】リクルート情報
- 2024.11.20 大野事務所コラム
- 介護についての法改正動向
- 2024.11.14 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【未払い賃金請求権と時効期間】
- 2024.11.22 これまでの情報配信メール
- データでみる70歳以上の定年・継続雇用制度の導入効果と工夫、大野事務所モデル規程・協定一部改定のお知らせ
- 2024.11.12 これまでの情報配信メール
- 過重労働解消キャンペーン、2024年12月からの企業型DCおよびiDeCoの変更点について
- 2024.11.13 大野事務所コラム
- PRIDE指標をご存知ですか
- 2024.11.06 大野事務所コラム
- AIは事務所を救うのか?
- 2024.11.05 ニュース
- 『workforce Biz』に寄稿しました【年次有給休暇の付与や取得等に関する基本的なルールと留意点(中編)】
- 2024.10.31 これまでの情報配信メール
- 賃金のデジタル払い、令和7年3月31日高年齢者雇用確保措置における経過措置期間の終了について
- 2024.10.30 大野事務所コラム
- 通勤災害における通勤とは③
- 2024.10.23 大野事務所コラム
- 在籍出向者を受け入れる際の労働条件の明示は出向元・出向先のいずれが行うのか?
- 2024.10.23 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【職場や外出先への移動時間は労働時間に該当するか】
- 2024.10.23 これまでの情報配信メール
- 令和6年年末調整における定額減税に関する事務・簡易な扶養控除等申告書について
- 2024.10.16 大野事務所コラム
- 本当に「かぶ」は抜けるのか―「人と人との関係性」から人事労務を考える㊱
- 2024.10.11 これまでの情報配信メール
- 令和6年版労働経済の分析(労働経済白書)について
- 2024.10.09 大野事務所コラム
- 労働者死傷病報告等の電子申請義務化について
- 2024.10.04 ニュース
- 『workforce Biz』に寄稿しました【年次有給休暇の付与や取得等に関する基本的なルールと留意点(前編)】
- 2024.10.02 これまでの情報配信メール
- 労働者死傷病報告の報告事項改正及び電子申請義務化について
- 2024.10.02 大野事務所コラム
- 女性活躍推進法の改正動向
- 2024.09.26 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【社会保険の適用が拡大されます】
- 2024.09.25 大野事務所コラム
- 社会保険の同月得喪と2以上勤務を考える
- 2024.09.18 大野事務所コラム
- 理想のチーム
- 2024.09.11 大野事務所コラム
- 通勤災害における通勤とは②
- 2024.09.11 これまでの情報配信メール
- 令和6年度地域別最低賃金額の改定状況について・大規模地震の発生に伴う帰宅困難者等対策のガイドラインについて
- 2024.09.04 大野事務所コラム
- フレックスタイム制適用時における年次有給休暇の時間単位取得と子の看護休暇・介護休暇の時間単位取得
- 2024.08.28 大野事務所コラム
- やっぱり損はしたくない!―「人と人との関係性」から人事労務を考える㉟
- 2024.08.31 これまでの情報配信メール
- 「健康保険資格情報のお知らせ及び加入者情報」の送付、マイナンバーカードの健康保険証利用について
- 2024.08.21 これまでの情報配信メール
- 雇用保険基本手当日額および高年齢雇用継続給付等の支給限度額変更・令和7年4月1日以降の高年齢雇用継続給付の段階的縮小について
- 2024.08.21 大野事務所コラム
- ライフプラン手当のDC掛金部分を欠勤控除の計算基礎に含めてよいのか?
- 2024.08.15 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【減給の制裁における労働基準法の制限】
- 2024.08.10 これまでの情報配信メール
- 雇用の分野における障害者の差別禁止・合理的配慮の提供義務に係る相談等実績について等
- 2024.08.07 大野事務所コラム
- 1か月単位の変形労働時間制における時間外労働の清算
- 2024.08.02 ニュース
- 『workforce Biz』に寄稿しました【管理監督者の適正性】
- 2024.07.31 大野事務所コラム
- 健康情報取扱規程の作成は義務⁈②
- 2024.07.24 大野事務所コラム
- ナレッジは共有してこそ価値がある
- 2024.08.01 これまでの情報配信メール
- 2024年 企業の「人材確保・退職代行」に関するアンケート調査 カスタマーハラスメント対策企業マニュアルと事例集
- 2024.07.19 これまでの情報配信メール
- 仕事と介護の両立支援に向けた経営者向けガイドライン
- 2024.07.17 大野事務所コラム
- 通勤災害における通勤とは①
- 2024.07.16 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【振替休日と割増賃金】
- 2024.07.10 大野事務所コラム
- これまでの(兼務)出向に関するコラムのご紹介
- 2024.07.08 ニュース
- 『workforce Biz』に寄稿しました【歩合給に対しても割増賃金は必要か?】