【副業・兼業】労働時間制度が異なる場合の労働時間の通算方法は?
こんにちは、大野事務所の土岐です。
弊所では毎年春と秋に、顧問先様を対象とした定例webセミナーを開催しております。去る10月13日に開催しました秋季webセミナーでは、「副業・兼業の実務上の留意点」と題しまして、2020年9月に改定された「副業・兼業の促進に関するガイドライン(以下、ガイドライン)」の内容をもとに、副業・兼業に関する基本的な考え方、実際の相談内容および留意点について筆者より解説させていただきました。当日ご視聴いただきました皆様には、この場を借りましてあらためて御礼申し上げます。
さて、本業と副業・兼業先のいずれにも労働者として雇用される場合には労働時間の通算が必要となりますところ、その通算方法に関しては「原則的な労働時間の通算方法」と、いわゆる「管理モデルによる方法」の2つがガイドラインに示されています。先のセミナーでは、原則(1日8時間、1週40時間)の労働時間制を前提に、それぞれの通算方法について解説いたしました(詳細はこちらまたは過去の弊所コラム(2020/9/16、高田執筆)をご参照ください)。
セミナー後のアンケートにて「当社ではフレックスタイム制を適用しています。副業・兼業先は原則の労働時間制の場合、通算方法はどうなるのでしょうか?」というご質問をいただきましたので、今回はこちらを採り上げたいと思います。
それでは本題に入ります。
ガイドラインでは、「3.企業の対応–(2)労働時間管理–ウ 労働時間の通算-c 基礎となる労働時間制度」の項において、「…労働時間の通算は、自らの事業場における労働時間制度を基に、労働者からの申告等により把握した他の使用者の事業場における労働時間と通算することによって行う。…」の記載があるのみで、フレックスタイム制や変形労働時間制等が適用される場合の具体的な労働時間の通算方法の詳細までは述べられていません。この点、具体的な考え方については「『副業・兼業の促進に関するガイドライン』Q&A(以下、Q&A)」にて解説があるのですが、フレックスタイム制の場合のポイントは次のとおりです。
<1.原則的な労働時間の通算方法(Q&A、1-2参照)>
・原則的な労働時間の通算方法については、「ガイドライン」に示しているとおり、労働契約の締結の先後の順に所定労働時間を通算し、その後、実際に発生した順に所定外労働時間を通算する。
・これは、所定労働時間を「固定的なもの」、所定外労働時間を「変動的なもの」と捉え、固定的なものを所与のものとしてあらかじめ通算した上で、その後変動的なものを管理(通算)していく、という考え方と整理できる。
・フレックスタイム制の場合、「固定的なもの」と「変動的なもの」とその通算の順序は以下のように考えられる。
【前提:以下、労働契約の締結の順はA事業場(フレックスタイム制を適用し、清算期間は1ヶ月以内)が先契約、②B事業場(1日8時間、1週40時間の原則の労働時間制を適用)が後契約とします。】
(1)A事業場における労働時間通算の考え方
①自らの事業場(A事業場)における清算期間における法定労働時間の総枠の範囲内までの労働時間(※筆者注:実労働時間と考えられます)について「固定的な労働時間」とする
②当該清算期間中の他の事業場(B事業場)における「固定的な労働時間」(所定労働時間など、各労働時間制度において固定的なものと捉える労働時間)を、「固定的な労働時間」として通算する
③当該清算期間中の他の事業場(B事業場)における「変動的な労働時間」(所定外労働時間など、各労働時間制度において変動的なものと捉える労働時間)を、「変動的な労働時間」として通算する
④清算期間の最後に、自らの事業場(A事業場)における清算期間における法定労働時間の総枠を超えた労働時間を、「変動的な労働時間」として通算する
(2)B事業場における労働時間の通算の考え方
①フレックスタイム制の事業場であるA事業場における1日・1週間の所定労働時間を、清算期間における法定労働時間の総枠の1日・1週分(1日8時間・1週 40 時間)であると仮定して、A事業場における労働時間について1日8時間・1週 40 時間を「固定的な労働時間」とする
②自らの事業場(B事業場)における「固定的な労働時間」(所定労働時間など、各労働時間制度において固定的なものと捉える労働時間)を、法定外労働時間として通算する
③自らの事業場(B事業場)における「変動的な労働時間」(所定外労働時間など、各労働時間制度において変動的なものと捉える労働時間)を、法定外労働時間として通算する
④A事業場における清算期間における法定労働時間の総枠を超えた時間を通算する
<2.管理モデル(Q&A、1-7参照)>
・管理モデルは、労働者と時間的に先に労働契約を締結していた使用者Aの事業場と、後から労働契約を締結した使用者Bの事業場において、「A事業場における法定外労働時間の上限」と「B事業場における労働時間(所定労働時間と所定外労働時間の合計)の上限」をそれぞれ設定し、各々の使用者がそれぞれ設定した上限の範囲内で労働させるというもの
・それぞれの事業場の労働時間制度が異なる場合においても、次のそれぞれを管理モデルにおける上限として設定し、その範囲内で労働させることで管理モデルの活用が可能
▼A事業場においては、法定外労働時間の上限を「固定的な労働時間」と、「変動的な労働時間」の上限を合算した時間のうち、法定労働時間を超える部分の上限
▼B事業場においては、「固定的な労働時間」と「変動的な労働時間」の合計の上限
<2.管理モデル>に関しては原則の労働時間制の場合の取扱いと同様と考えられますので、ここでは説明を割愛します。一方、<1.原則的な労働時間の通算方法>については、Q&Aの1-2で具体的な考え方のイメージが掲載されていますので、こちらを用いてもう少し詳しく見ていきましょう。
<具体的な考え方のイメージ>
注)使用者A・B双方の事業場における法定労働時間を1日8時間、週40時間、所定労働日を月~金曜日、法定休日を日曜日と仮定して作成。
(「Q&A」に掲載の図に労働時間通算の順序を加筆)
労働時間の通算の順序については、それぞれ上記「(1)–①~④」、「(2)–①~④」の四角枠のとおりです。一方、割増賃金の支払いに関しては次のとおりです。
A事業場:清算期間における労働時間の総枠(31日の月なので177.1時間)を超えたA事業場における労働時間に対して、使用者Aは割増賃金を支払う必要があります。具体的には、30日の1時間および31日の8時間の緑色枠部分が該当します。
B事業場:この例ではA事業場の「固定的な労働時間」として1日8時間、1週40時間と考えることから、B事業場における労働時間は全て法定外労働時間ということになり、当該時間について使用者Bは割増賃金を支払う必要があることになります。具体的には、7日の6時間および28日の8時間の水色枠部分が該当します。この例では、B事業場における労働時間は全て法定外労働時間と考えるという点は、管理モデルの考え方と同様といえます。
ただ、Q&Aでは「B事業場において、使用者Bが、副業・兼業を行う労働者のA事業場における日ごとの労働時間を把握しており、A事業場における日ごとの労働時間とB事業場における労働時間を通算しても法定労働時間の枠に収まる部分が明確となっている場合は、副業・兼業を行う労働者のA事業場における日ごとの労働時間と自らの事業場における日ごとの労働時間を通算して法定労働時間内に収まる部分の労働時間について、自らの事業場における時間外労働とは扱わず割増賃金を支払わないこととすることは差し支えありません。」とされていることから、A事業場の日々の労働時間が把握できるならば割増賃金を支払う必要がない場合も考えられるところです。とはいえ、副業・兼業先における日々の労働時間を詳細に把握し、時間外労働手当の計算を行うのは実務的に非常に難しいのではないかと思われます。
ちなみに、上記イメージにあります「A(B)からみた時間外労働(上限規制の対象)【時間/月(週)の値】」とは、副業・兼業者個人にかかる単月100時間、複数(2~6)月平均80時間未満とする時間外・休日労働の上限規制をみる場合にカウントするべき時間を指しています。
いかがでしたでしょうか。
特にQ&Aは読み応えのある内容となっており、一読しただけでは理解するのが難しいかもしれません。繰り返し読み込んでも労働時間の通算の考え方の部分は整理しきれない点もあろうかと思いますが、現在厚生労働省から公表されている資料を拠り所とする他ないと思います。ただ一方で、これらの考え方を実務に落とし込むのは非常に困難であると思われ、果たして副業・兼業の促進に繋がるのでしょうかという点に関しては、「なかなか難しいのではないでしょうか」ということをあらためて感じた次第です。
本日も最後までお読みいただきありがとうございました。
<参考URL>
■厚生労働省 副業・兼業の促進に関するガイドライン
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/0000192844.pdf
■厚生労働省 「副業・兼業の促進に関するガイドライン」Q&A
https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/000473062.pdf
■厚生労働省 副業・兼業
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000192188.html
執筆者:土岐
土岐 紀文 特定社会保険労務士
第3事業部 部長
23歳のときに地元千葉の社労士事務所にて社労士業務の基礎を学び、その後大野事務所に入所しまして10数年になります。
現在はアドバイザリー業務を軸に、手続きおよび給与計算業務にも従事しています。お客様のご相談には法令等の解釈を踏まえたうえで、お客様それぞれに合った適切な運用ができるようなアドバイスを常に心がけております。
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