ワークライフバランス再考-「人と人との関係性」から人事労務を考える⑪
大野事務所の今泉です。
前回から「従業員エンゲージメント」を高める環境づくりに有効と考えるファクターについて、キーワードを通してお伝えしていますが、今回はワーク・ライフ・バランス(以下、WLB)です。
「再考」と銘打ちましたが、それほど大袈裟な内容ではありませんので、ご了承ください。
現在では「WLB」という言葉が、お題目のように唱えられる機会は減ったような気がします。また「働き方改革」という言葉が生まれ、WLBという概念が働き方改革の一翼を担う概念としてこれに吸収された、というような印象もあります(働き方改革という言葉すら、コロナ禍を前にしてかすんでしまった感はありますが・・・。)。ただ、WLBは従業員エンゲージメントの観点からも重要なファクターであることには変わりなく、これを考えていくのは企業にとってある意味当然のこととして社会に定着したようにも思えます。定着したからこそWLBという言葉が頻繁に取り上げられなくなったのかもしれませんね。
その一方で、「WLB=仕事と育児・介護との両立」と考えられている傾向もあるのではないかと思います。
確かに、育児や介護というのは仕事と両立するための大きなハードルとなり得るものです。また法制度や政策上は、育児と介護という二つの事柄に対して企業に責務を負わせていますので、上記のように考えられてしまうのは無理もないことかもしれません。ですが、WLBは育児と介護の両立支援を含むものではあっても、これのみに限定されるものではありません。つまり、WLBは育児をしていない人や介護にかかわっていない人に対しても関係する広い概念といえます。
あくまでWLBとは「仕事とそれ以外の生活との調和」ということを意味しています。ですので、ありとあらゆる人に関連するものです。ここでいう「それ以外の生活」とは趣味であってもボランティアであっても構わない、そのような時間を獲得できるようにすること、それがWLBの目的といえます。
また、「WLB=時間外労働の削減」というように考えられていることもあるでしょう。
もちろん、長時間にわたる恒常的な時間外労働を強いられるような職場環境ですと、仕事のみの生活となってしまい、それ以外の生活との調和は図れないことになります。したがって、時間外労働の削減という課題は重要な位置づけにあることには変わりありませんが、だからといって、例えば仕事の量は減っていないのに残業禁止にするような対応は、社員の理解を得られずかえって逆効果となりかねません。
その意味ではWLBは業務改善を伴うものといえます。
その結果として、気付いてみたら時間外労働が減っていた、というのがベストでしょう。むしろ時間当たりの生産性の向上こそが意識されるべきものです。
これを実行するために、「業務の優先順位付け」、「見える化」、「業務分担の見直し」、「アウトソーシング」「ITの導入(最近ではDXでしょうか。)」といった手法がよく言われます。BPRに通ずる分野ですね。また、法令を活用したものとして「ノー残業デー」、「年休取得の促進」、「勤務間インターバル」といった施策も注目されてきました。ただ、これらが機能するためには、WLBを実践するための土台ができていないと絵に描いた餅となってしまと思います。
「WLBを実践するための土台」とは会社と社員とが「WLBを実践していく」という確固たる合意ができている、という事実です。このことは、これまで培ってきた企業文化に修正を加えることも含まれるでしょう。
WLBの実践には多様な価値観やライフスタイルを尊重できる寛容性が求められることとなります。
このような企業文化・職場風土を確立できなければ、WLBの実践は中途半端に終わる可能性が高いといえます。トップが先頭に立って変革を行っていくという姿勢も大事かもしれません。
ところで、このコラムを書いている際に、ふと思い出したことがあります。それは育児や介護に関する休業を法令で定める水準より長く取得できる、といった制度を用意している会社を多く見かけるようになった、ということです。もちろん、社員のためを思いそのような制度としたのでしょう。ただ、この変化の著しい社会環境において、徒に長期にわたる休業を取得しても職場復帰時にその変化に対応できないことになりかねない、ということは注意が必要でしょう。戻ってきたはいいが、結果として周囲の者から取り残されるだけ、ということになってしまうおそれがあることを忘れてはなりません。休業している者が抱える職場復帰への不安も膨らむかもしれません。ですので、長期間の休業を用意している会社ほど、e-ラーニングを実施するとか、職場の仲間などと懇談できる機会を設けるとか、会社とのつながりを意識させる施策が必要と考えます。つまり、休業中の配慮に対する重要性が増すといえるでしょう。
そういったきめ細やかな対応も「従業員エンゲージメント」を高める一因になるようにも思えます。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
執筆者:今泉
今泉 叔徳 特定社会保険労務士
パートナー社員
群馬県桐生市出身。東京都立大学法学部法律学科卒業。
人事労務関係の課題解決の糸口としてコミュニケーションや対話の充実があるのではないかと考え、これにまつわるテーマでコラムを書いてみようと思い立ちました。日頃の業務とはちょっと異なる分野の内容ですので、ぎこちない表現となってしまっていたりすることはご了承ください。
休日には地元の少年サッカーチームでコーチ(ボランティア)をやっていて、こども達との「コミュニケーション」を通じて、リフレッシュを図っています。
過去のニュース
ニュースリリース
- 2024.08.22 ニュース
- 【正規職員・契約職員・パート職員募集】リクルート情報
- 2024.11.20 大野事務所コラム
- 介護についての法改正動向
- 2024.11.14 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【未払い賃金請求権と時効期間】
- 2024.11.12 これまでの情報配信メール
- 過重労働解消キャンペーン、2024年12月からの企業型DCおよびiDeCoの変更点について
- 2024.11.13 大野事務所コラム
- PRIDE指標をご存知ですか
- 2024.11.06 大野事務所コラム
- AIは事務所を救うのか?
- 2024.11.05 ニュース
- 『workforce Biz』に寄稿しました【年次有給休暇の付与や取得等に関する基本的なルールと留意点(中編)】
- 2024.10.31 これまでの情報配信メール
- 賃金のデジタル払い、令和7年3月31日高年齢者雇用確保措置における経過措置期間の終了について
- 2024.10.30 大野事務所コラム
- 通勤災害における通勤とは③
- 2024.10.23 大野事務所コラム
- 在籍出向者を受け入れる際の労働条件の明示は出向元・出向先のいずれが行うのか?
- 2024.10.23 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【職場や外出先への移動時間は労働時間に該当するか】
- 2024.10.23 これまでの情報配信メール
- 令和6年年末調整における定額減税に関する事務・簡易な扶養控除等申告書について
- 2024.10.16 大野事務所コラム
- 本当に「かぶ」は抜けるのか―「人と人との関係性」から人事労務を考える㊱
- 2024.10.11 これまでの情報配信メール
- 令和6年版労働経済の分析(労働経済白書)について
- 2024.10.09 大野事務所コラム
- 労働者死傷病報告等の電子申請義務化について
- 2024.10.04 ニュース
- 『workforce Biz』に寄稿しました【年次有給休暇の付与や取得等に関する基本的なルールと留意点(前編)】
- 2024.10.02 これまでの情報配信メール
- 労働者死傷病報告の報告事項改正及び電子申請義務化について
- 2024.10.02 大野事務所コラム
- 女性活躍推進法の改正動向
- 2024.09.26 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【社会保険の適用が拡大されます】
- 2024.09.25 大野事務所コラム
- 社会保険の同月得喪と2以上勤務を考える
- 2024.09.18 大野事務所コラム
- 理想のチーム
- 2024.09.11 大野事務所コラム
- 通勤災害における通勤とは②
- 2024.09.11 これまでの情報配信メール
- 令和6年度地域別最低賃金額の改定状況について・大規模地震の発生に伴う帰宅困難者等対策のガイドラインについて
- 2024.09.04 大野事務所コラム
- フレックスタイム制適用時における年次有給休暇の時間単位取得と子の看護休暇・介護休暇の時間単位取得
- 2024.08.28 大野事務所コラム
- やっぱり損はしたくない!―「人と人との関係性」から人事労務を考える㉟
- 2024.08.31 これまでの情報配信メール
- 「健康保険資格情報のお知らせ及び加入者情報」の送付、マイナンバーカードの健康保険証利用について
- 2024.08.21 これまでの情報配信メール
- 雇用保険基本手当日額および高年齢雇用継続給付等の支給限度額変更・令和7年4月1日以降の高年齢雇用継続給付の段階的縮小について
- 2024.08.21 大野事務所コラム
- ライフプラン手当のDC掛金部分を欠勤控除の計算基礎に含めてよいのか?
- 2024.08.15 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【減給の制裁における労働基準法の制限】
- 2024.08.10 これまでの情報配信メール
- 雇用の分野における障害者の差別禁止・合理的配慮の提供義務に係る相談等実績について等
- 2024.08.07 大野事務所コラム
- 1か月単位の変形労働時間制における時間外労働の清算
- 2024.08.02 ニュース
- 『workforce Biz』に寄稿しました【管理監督者の適正性】
- 2024.07.31 大野事務所コラム
- 健康情報取扱規程の作成は義務⁈②
- 2024.07.24 大野事務所コラム
- ナレッジは共有してこそ価値がある
- 2024.08.01 これまでの情報配信メール
- 2024年 企業の「人材確保・退職代行」に関するアンケート調査 カスタマーハラスメント対策企業マニュアルと事例集
- 2024.07.19 これまでの情報配信メール
- 仕事と介護の両立支援に向けた経営者向けガイドライン
- 2024.07.17 大野事務所コラム
- 通勤災害における通勤とは①
- 2024.07.16 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【振替休日と割増賃金】
- 2024.07.10 大野事務所コラム
- これまでの(兼務)出向に関するコラムのご紹介
- 2024.07.08 ニュース
- 『workforce Biz』に寄稿しました【歩合給に対しても割増賃金は必要か?】
- 2024.07.03 大野事務所コラム
- CHANGE!!―「人と人との関係性」から人事労務を考える㉞