年次有給休暇は暦日で与えなければならないのか?
こんにちは。大野事務所の高田です。
1.年次有給休暇は原則として暦日で与えなければならない
最近、顧問先の会社様の年次有給休暇(以下「年休」)の運用をめぐって、労働基準監督署(以下「監督署」)の見解と折り合いが付かない場面がありました。具体的に言いますと、「残業が深夜に及び、日をまたいでしまった(午前0時を過ぎてしまった)場合には、その翌日に1日の年休を与えることはできない。」との監督署の指導を受け、会社様がどう対応したものかと思案を巡らせたという事案になります。
皆様も、労働日、休日あるいは休暇は、暦日単位(午前0時から午後12時までを一区切りとすること)で考えるといった話は、何かで読んだり聞いたりされたことがあるのではないかと思います。1勤務が2暦日にまたがるような夜勤形態や深夜営業の業種は例外として、一般的な昼間営業の会社であれば、暦の境目で1日を区切るのが最も合理的だという点については、多くの方が納得されるところだと思います。
とりわけ、休日を暦日単位で与えなければならない趣旨については、次のような場面を想像して頂ければご納得頂けるかと思います。
たとえば、朝、通常通り始業した直後に「今日は仕事が少ないので」といった理由で早々に終業となるケース、あるいは、元々休日のつもりで過ごしていたところへ「急遽業務に当たってほしい」といった呼出に応じて夜間のみ勤務するケース、これらのようなケースでも休日を与えたことになってしまっては「休息を与える」本来の目的が達成されませんので、暦日で24時間休息を確保しなければ休日を与えたことにならない、との考え方が成り立つわけです。
2.暦日で与えなければならない根拠について
年休(休暇)についても同様の理屈が当てはまるのではないかというのは、ある部分ではその通りです。現に、労働基準法コンメンタールの第39条(年次有給休暇)の解説には、以下のような記述があります。
本条の「労働日」とは、原則として暦日計算によるべきものである。したがって、通常の日勤者の勤務が時間外労働によって翌日の午前2時までに及んだ場合、当該翌日の勤務を免除すれば、1労働日の年次有給休暇を与えたことになるか否かについては、その者は当該翌日の一部(午前零時から2時まで)を既に勤務しているので、暦による1労働日単位の休息が与えられたことにはならず、年次有給休暇を与えたことにはならない(第1図参照)。
まさに本件の監督署の指導はこれを拠り所にしているものと思われ、コンメンタールにこのように記述されている以上、これが確固たる根拠であるという点は私も認めるところです。ただ、法律家ではなく実務家である私としては、次のような率直な疑問が湧き起こってしまいます。
3.暦日で与えなければならないことで生じる弊害
- 「年休を与えたことにはならない」のだとすれば、実際問題、設例のようなケースで労働者の側が年休を請求してきた場合に、会社としてはこれを拒んで勤務させるのが正しい対応だというのか?
- また、会社が年休を拒んだにもかかわらず労働者が休んでしまった場合には、本人の希望通りに年休を充てるのではなく、欠勤として取り扱うのが正しい対応だというのか?
この点、コンメンタールでは触れられていませんので、「ではどう対応すべきなのか」は我々自身で考えるほかありません。
付け加えて言うなら、この解説において、年休を1暦日で与えなければならないとしている根底には、「年休は労働者に休息を与える目的で与えるもの」との前提があるように見て取れます。確かに、労働基準法上に年休の定めが設けられた背景としては、そのような理念があったのだろうと想像しますが、皆様もご存知の通り、労働者が年休を請求する上でその事由は問われないわけですので、年休を与える目的を、必ずしも「休息を与える」ことのみに限定する必要はないのではないかということです。実際、一般的にも、所定労働時間内に発生した私的な用事を片付けるために、年休を請求したり与えたりといった運用がなされているのではないでしょうか。この場合、年休を請求する労働者にとっては、当該用事を片付けることが主目的なのであって、休息が与えられたかどうかはさほど重要ではないのではないかと考えます。
4.まとめ
以上を踏まえて、私なりに整理した結果が以下の通りです。
- コンメンタールに前記解説がある以上、会社の側から年休を与える上では「暦日単位で与える」ことに留意する必要がある。
- 年休を与えようとした日の一部に労働があることをもって労働者の側が拒む場合には、別の日に与える必要がある。
- 年休を与えようとした日の一部に労働があったとしても、労働者の側が同意するのであれば、当該日に年休を与えても差し支えない。
- 労働者の側から年休を請求するケースでは、当該日の一部に労働があったとしても、年休を与えて差し支えない。
あくまでも私自身による勝手な解釈ですので、何か見落としている問題があるのかもしれません。ですが、この考え方を基に運用することによって、労働者に何ら不利益をもたらすわけでもなければ、むしろ労働者に便益を図っているともいえますので、特に問題はないはずだと私自身は信じています。とはいえ、監督署の指導が確固たる根拠に基づいてなされている以上、これに真っ向から対立する姿勢は如何なものかと思います。本件の会社様には、上記はあくまでも私の個人的な見解であり、基本的には監督署の指導に基づいて対応を検討するようにお伝えしたところです。
因みに、監督署によれば、暦日の一部に労働があっても半日の年休ならば与えることができるので、仮に所定労働時間のすべて(8時間)を休んだ場合でも、これを半日の年休として取り扱うならば差し支えないとのことでした。これを半日の年休として取り扱うことの違和感はあるものの、半日の年休を制度上認めている会社様であれば、そのような対処法もあるということです。
執筆者:高田
高田 弘人 特定社会保険労務士
パートナー社員
岐阜県出身。一橋大学経済学部卒業。
大野事務所に入所するまでの約10年間、民間企業の人事労務部門に勤務していました。そのときの経験を基に、企業の人事労務担当者の目線で物事を考えることを大切にしています。クライアントが何を望み、何をお求めになっているのかを常に考え、ご満足いただけるサービスをご提供できる社労士でありたいと思っています。
過去のニュース
ニュースリリース
- 2024.08.22 ニュース
- 【正規職員・契約職員・パート職員募集】リクルート情報
- 2024.11.20 大野事務所コラム
- 介護についての法改正動向
- 2024.11.14 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【未払い賃金請求権と時効期間】
- 2024.11.12 これまでの情報配信メール
- 過重労働解消キャンペーン、2024年12月からの企業型DCおよびiDeCoの変更点について
- 2024.11.13 大野事務所コラム
- PRIDE指標をご存知ですか
- 2024.11.06 大野事務所コラム
- AIは事務所を救うのか?
- 2024.11.05 ニュース
- 『workforce Biz』に寄稿しました【年次有給休暇の付与や取得等に関する基本的なルールと留意点(中編)】
- 2024.10.31 これまでの情報配信メール
- 賃金のデジタル払い、令和7年3月31日高年齢者雇用確保措置における経過措置期間の終了について
- 2024.10.30 大野事務所コラム
- 通勤災害における通勤とは③
- 2024.10.23 大野事務所コラム
- 在籍出向者を受け入れる際の労働条件の明示は出向元・出向先のいずれが行うのか?
- 2024.10.23 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【職場や外出先への移動時間は労働時間に該当するか】
- 2024.10.23 これまでの情報配信メール
- 令和6年年末調整における定額減税に関する事務・簡易な扶養控除等申告書について
- 2024.10.16 大野事務所コラム
- 本当に「かぶ」は抜けるのか―「人と人との関係性」から人事労務を考える㊱
- 2024.10.11 これまでの情報配信メール
- 令和6年版労働経済の分析(労働経済白書)について
- 2024.10.09 大野事務所コラム
- 労働者死傷病報告等の電子申請義務化について
- 2024.10.04 ニュース
- 『workforce Biz』に寄稿しました【年次有給休暇の付与や取得等に関する基本的なルールと留意点(前編)】
- 2024.10.02 これまでの情報配信メール
- 労働者死傷病報告の報告事項改正及び電子申請義務化について
- 2024.10.02 大野事務所コラム
- 女性活躍推進法の改正動向
- 2024.09.26 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【社会保険の適用が拡大されます】
- 2024.09.25 大野事務所コラム
- 社会保険の同月得喪と2以上勤務を考える
- 2024.09.18 大野事務所コラム
- 理想のチーム
- 2024.09.11 大野事務所コラム
- 通勤災害における通勤とは②
- 2024.09.11 これまでの情報配信メール
- 令和6年度地域別最低賃金額の改定状況について・大規模地震の発生に伴う帰宅困難者等対策のガイドラインについて
- 2024.09.04 大野事務所コラム
- フレックスタイム制適用時における年次有給休暇の時間単位取得と子の看護休暇・介護休暇の時間単位取得
- 2024.08.28 大野事務所コラム
- やっぱり損はしたくない!―「人と人との関係性」から人事労務を考える㉟
- 2024.08.31 これまでの情報配信メール
- 「健康保険資格情報のお知らせ及び加入者情報」の送付、マイナンバーカードの健康保険証利用について
- 2024.08.21 これまでの情報配信メール
- 雇用保険基本手当日額および高年齢雇用継続給付等の支給限度額変更・令和7年4月1日以降の高年齢雇用継続給付の段階的縮小について
- 2024.08.21 大野事務所コラム
- ライフプラン手当のDC掛金部分を欠勤控除の計算基礎に含めてよいのか?
- 2024.08.15 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【減給の制裁における労働基準法の制限】
- 2024.08.10 これまでの情報配信メール
- 雇用の分野における障害者の差別禁止・合理的配慮の提供義務に係る相談等実績について等
- 2024.08.07 大野事務所コラム
- 1か月単位の変形労働時間制における時間外労働の清算
- 2024.08.02 ニュース
- 『workforce Biz』に寄稿しました【管理監督者の適正性】
- 2024.07.31 大野事務所コラム
- 健康情報取扱規程の作成は義務⁈②
- 2024.07.24 大野事務所コラム
- ナレッジは共有してこそ価値がある
- 2024.08.01 これまでの情報配信メール
- 2024年 企業の「人材確保・退職代行」に関するアンケート調査 カスタマーハラスメント対策企業マニュアルと事例集
- 2024.07.19 これまでの情報配信メール
- 仕事と介護の両立支援に向けた経営者向けガイドライン
- 2024.07.17 大野事務所コラム
- 通勤災害における通勤とは①
- 2024.07.16 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【振替休日と割増賃金】
- 2024.07.10 大野事務所コラム
- これまでの(兼務)出向に関するコラムのご紹介
- 2024.07.08 ニュース
- 『workforce Biz』に寄稿しました【歩合給に対しても割増賃金は必要か?】
- 2024.07.03 大野事務所コラム
- CHANGE!!―「人と人との関係性」から人事労務を考える㉞