副業・兼業者の労働時間通算は可能か?
こんにちは。大野事務所の高田です。
1.「副業・兼業の促進に関するガイドライン」について
今月の初めに、「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(以下「ガイドライン」といいます)の改定版が公開されました。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000192188.html
日本社会全体として副業・兼業者が増加傾向にあることは実感していますし、このようなガイドラインによって、副業・兼業に対する考え方や実務上の留意点が示されることは非常に有意義だと思っています。
一方で、私の場合、職業柄自然と労働時間管理の部分に目が行ってしまうのですが、複数事業場における労働時間通算の取扱いに関しては、どうしても腑に落ちないところがあるのも事実です。今回はこのことを取り上げたいと思いますが、決してガイドライン自体を批判することが目的なのではなく、皆様が何気なく読み流してしまいそうな重大な落とし穴について注意喚起したいとの思いで当記事を書いていますので、この点何とぞご理解頂ければ幸いです。
2.各々の労働時間を通算し、法定労働時間を超えることは違法ではないのか
それでは、本題に入ります。
まず、「複数の事業場で労働する場合には各々の労働時間を通算する」との基本的取扱いに関して、そもそもA社とB社の所定労働時間の合計が法定労働時間(8時間)を超えること自体は違法ではないのだろうか?との率直な疑問を抱かれる方も多いと思います。たとえば、昼間にA社で5時間、夜間にB社で5時間といった形で、1日通算10時間の労働契約を締結してよいのか?という問題です。
この点についての論理的な説明は法律の専門家の方に委ねたいと思いますが、結論だけを申し上げれば、ガイドライン上ではこのような労働契約の締結を前提としている記述が随所に見られますので、少なくとも行政はこれを違法なものとして捉えていないことは確かなようです。【図1】
3.割増賃金支払いの基本ルール
次に、今回私が最も訴えたい部分である割増賃金の支払いに話を進めたいと思います。
ガイドラインでは、複数の事業場で労働した結果、法定労働時間を超過した場合の割増賃金の支払義務について、
① まず、労働契約の締結順に所定労働時間を通算し、法定労働時間を超える部分がある場合は、後から労働契約を締結した方が支払義務を負う。
② 次に、所定外労働の発生順に所定外労働時間を通算し、法定労働時間を超えて労働させた場合には、当該所定外労働をさせた方が支払義務を負う。
と説明しています。(文章は筆者による意訳です。)
①については、たとえば、A社で昼間5時間勤務、B社で夜間5時間勤務をする場合、法定労働時間を超過する2時間分の割増賃金については、後から労働契約を締結した(雇い入れた)方が支払義務を負うということです。1日における労働の順序で考えれば、B社が2時間分の割増賃金を支払う方が一見自然に思えますが、A社の方が労働契約を締結したのが後だとすれば、A社が、所定5時間のうち後半2時間について125%の割増賃金を支払うことになります。【図2】
②については、上記の方がA社で昼間5時間勤務(後半2時間は125%)した後、B社で夜間5時間勤務するケースで、もしB社での労働時間が5時間を超えてしまった場合については、当該超過分の割増賃金はB社が支払義務を負うということです。つまり、B社では、この方がA社との副業・兼業を始める前は5時間超過分についても100%で足りていたところ、副業・兼業を始めた日からは125%の割増賃金の支払いが必要になることを意味しています。【図3】
4.ガイドラインに対する疑問点
以上のような取扱いがガイドラインで示されているわけですが、実際にこのような取扱いをしなければならないとすると、この方はA社での採用選考に不利にならないのか、また、B社は寛大な姿勢で副業・兼業を許可・支援してくれるのかといった懸念が生じてしまいます。
さらに、実際に起こり得る事象はもっと複雑です。
たとえば、A社としては、所定5時間のうち後半2時間について割増賃金を支払いますが、B社での勤務がない日については8時間以内に収まっているわけですから、常に後半2時間を割増対象にすると過払いが生じてしまいます。また、B社の勤務が5時間未満の日にはA社において割増をしなくてよい時間が増えることになりますし、そもそもA社やB社では労働時間が常に1時間単位で計上されるわけではないと思いますので、実際の計算は非常に複雑なものとなるでしょう。
しかも、以上のような労働時間の通算処理を、基本的に「労働者の申告」に基づいて行うとのことですので、どこまで正確な算定が可能なのか甚だ疑問が残るところです。
5.「管理モデル」について
こうした事態を回避するための対処策として、ガイドラインでは「管理モデル」というものが紹介されています。
これはいわば、後から契約する事業場が労働時間のすべてについて割増賃金を支払うことによって、労働時間計算の手間と割増賃金の不足の解消を図ったものといえますが、上記の例では、A社が所定5時間すべてについて125%で支払うという話であり、A社の立場で考えると、いくら管理の手間を軽減し、また法を遵守するためだとしても、容易に受け入れられるものではないのではないかと感じます。【図4】
副業・兼業者の長時間労働を抑制する観点からは、労働時間を通算して管理すること自体には一定の必要性・合理性があり、この点を否定するつもりはまったくありません。
一方で、割増賃金の支払いとなると、他の事業場(しかもまったく関係のない別の会社)と一体的に管理・把握するというのは、相当無理があるのではないかと感じる次第です。
執筆者:高田
高田 弘人 特定社会保険労務士
パートナー社員
岐阜県出身。一橋大学経済学部卒業。
大野事務所に入所するまでの約10年間、民間企業の人事労務部門に勤務していました。そのときの経験を基に、企業の人事労務担当者の目線で物事を考えることを大切にしています。クライアントが何を望み、何をお求めになっているのかを常に考え、ご満足いただけるサービスをご提供できる社労士でありたいと思っています。
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