「事業場外労働の労働時間みなし」を行うには就業規則の定めが必要か?
こんにちは。大野事務所の高田です。
7年前、弊所のメンバー数名による共著の形で、「適正 労働時間管理」という書籍を刊行させて頂きました。今回その改訂版の企画を労務行政様より頂戴しており、目下、7年前に自らが担当した原稿を手直ししているところです。
その中に「事業場外労働の労働時間みなし」に関する内容が含まれておりまして、7年前の私が「労働時間のみなしを適用するには、就業規則の定めが必要である」と書いている部分について、「本当にその通りなのだろうか?」とあらためて考え込んでしまったことが先日ありました。今回は、このことについて書いてみたいと思います。
1.「事業場外労働の労働時間みなし」とは
「事業場外労働の労働時間みなし」とは、言うまでもなく、労働基準法に定められた取り扱いです。該当条文(第38条の2)を以下に掲載します。
※今回の議論には第2項以降は関係ありませんので、第1項のみとします。
■労働基準法第38条の2(第1項)
労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす。
2.法律上当然に「みなす」と解釈できるか
特に注目して頂きたいのは第一文なのですが、この条文を文面通りに解釈すると、「事業場外で業務に従事した場合」と「労働時間を算定し難いとき」という2つの条件が揃った場合には、あたかも法律上当然に「所定労働時間でみなす」と書かれているように読めませんでしょうか。少なくとも私にはそのように読めました。【図1】
言うまでもなく、労働時間に関する事項は労働条件の一部であって、かつ、労働条件を定めるのは、就業規則であり、労働契約書です。したがって、変形労働時間制であれ裁量労働制であれ、これらの労働時間制度を適用するためには就業規則の定めが必要とされているところであり(加えて、労働契約書にも定めておくのが望ましいでしょう)、この点については議論の余地はまったくないのですが、事業場外みなしとなると、少し事情が異なるのではないかと考えた次第です。
変形労働時間制や裁量労働制は、繁閑の波に応じて所定労働時間の長短を調整したり、業務遂行手段や時間配分の決定を労働者に委ねたりする制度ですので、いわば就業の仕方そのものを直接規律する関係上、当然、使用者の一存のみで適用することはできず、予め労使間の合意が形成されていなければならないということは、理屈的にも感覚的にも理解できるところです。いずれも、導入要件として労使協定の締結・届出が掲げられている点も、予め労使の合意形成を前提としていることを裏付けています。
他方の事業場外のみなしは、その取り決めが予め成されているかどうかにかかわらず、事業場外で労働するケースは実際問題起こり得るわけですから、実際に事業場外労働が行われ、かつ、正確な労働時間が算定できない場合には、所定労働時間でみなしましょうということをこの条文は謳っているようにも読めます。事業場外労働は、必ずしも予め想定していなくともある日突然にして起こり得ますので、この点、予め労使合意の上で導入する変形労働時間制や裁量労働制とはやや性質を異にしているともいえます。そのこともあってか、労使協定に関しても、みなし労働時間が法定労働時間を超える場合を除いては、締結・届出義務が課されていません。
また、労働者が10人未満の事業場では必ずしも就業規則が制定されていませんので、そのような事業場で出張や外出が行われ、労働時間の算定が困難なケースに直面した際に、就業規則に根拠がないがゆえにみなすことができないとなれば、実際問題としてその日の労働時間をどのように決定するのか?という点も私が疑問を感じたポイントでした。
もっとも、労働者が10人以上の事業場では、労働基準法第89条との関係において、就業規則に「事業場外労働の労働時間みなし」の規定を設けずして適用することは、就業規則作成義務違反に当たるのでは?とのご指摘もあるかと思います。ですが、今回は、第89条違反に当たるかどうかの点はひとまずさておき、労働契約上の効力があるのか否かの本質を議論しています。
3.「みなす」ためには就業規則か労働契約書に根拠が必要
以上について、冒頭書籍の共著メンバーをも巻き込んでの議論になったのですが、現時点での私たちの結論としては、やはり就業規則または労働契約書にその根拠が必要であろうということに落ち着きました。
その一番の大きな理由としては、「労働基準法は、労使の合意によって成立し得る労働契約を、直接規律する法律ではないから」ということが挙げられます。つまり、「特定の日の労働時間を所定労働時間でみなす」という行為は労働条件に関する取り決めであり、すなわち労働契約そのものである以上、やはり就業規則か労働契約書にその根拠がなければ効力を有しないということです。【図2】
それでは私が疑問に感じた「もし、就業規則が制定されていない事業場で、実際にこのような事態に直面したらどうするのか?」という点については、このようなケースの取り決めを労働契約上明らかにしていなかったわけですから、この事態に直面して初めて労使の合意で取り決める必要が生じるということになります。その結果、所定労働時間でみなすことで合意するのであれば構いませんが、使用者が一方的に、あたかも当然といった態でみなすことはできないであろうというのが、私たちなりの最終的な結論になります。
※事務所としての公式見解ではなく、あくまでも筆者および一部のスタッフの見解です。
法律の専門家がご覧になられた場合には、もっと別のご意見や他に考察すべき観点があるかもしれません。その際には、是非ともご一報のうえご高説を賜れましたら大変幸いです。
執筆者:高田
高田 弘人 特定社会保険労務士
パートナー社員
岐阜県出身。一橋大学経済学部卒業。
大野事務所に入所するまでの約10年間、民間企業の人事労務部門に勤務していました。そのときの経験を基に、企業の人事労務担当者の目線で物事を考えることを大切にしています。クライアントが何を望み、何をお求めになっているのかを常に考え、ご満足いただけるサービスをご提供できる社労士でありたいと思っています。
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